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遭遇(1)

クラリスがヴィクターに捕らえられてから、一週間が過ぎようとしていた。普段は薄手のネグリジェを着せられ、ヴィクターの気が向けば、容易く脱がされる。 腕には、ロボアールが作ったという魔封じの腕輪。そのせいで、炎も雷も呼び出すことができない。壁に叩きつけて壊そうとしたが、残ったのは紫色の痣だけだった。足首にも錘のついた枷が嵌められている。 クラリスは何度も脱出を試みた。だが自由を奪われた今の身では、兵士たちにあっけなく取り押さえられるばかり。その後に待っているのは、決まってヴィクターの“お仕置き”だった。 廊下に面した窓の外には、手入れの行き届いた庭園。名も知らぬ花々が、陽の光を受けて揺れている。その穏やかな光景は、アジトで過ごした日々をいやでも思い出させた。今ごろ、みんなは何をしているだろう。ベルネアは──そして、あの人は。 “おまえが死んだら、俺は泣くからな” 泣きそうな顔を見せまいと、強く抱きすくめてくれたあの腕の感触が蘇る。言うことを聞いていれば良かったのだろうか。 いや、それではいつまで経っても稚児のまま。自分は一人前になりたくて勝負に出たのだ。その選択に悔いはない。……その結果、別の誰かの稚児になったとしても。 クラリスはペンダントを握りしめようとして無いことに気づく。捕らえられた時に没収されてしまい、それっきり。唯一の心の拠り所を奪われて、翼をもがれたようだ。 一度だけ、勇気を振り絞ってヴィクターに願い出たことがある。 「……ペンダントを、返してください」 その言葉に、ヴィクターの眉がわずかに動く。 「……誰からもらった?」 感情の奥底を探るような声だった。クラリスは本当のことを言うべきか迷い、嘘をつけば余計に怒らせそうな気がして黙り込む。エルネストの名を口にすることなど、できなかった。 沈黙が答えと受け取られたのだろう。ヴィクターの双眸が冷ややかに細められる。 「なるほど……疚しい相手からの贈り物というわけか」 そして唇の端に、優越感を含んだ笑みが浮かぶ。 「そんな物を、おまえの手元に置く理由はないな」 手をひらりと上げ、傍らの兵士を呼び寄せる。 「クラリスのペンダントを山賊どもに送り返せ」 兵士が怪訝な顔をすると、ヴィクターはさらに言葉を継ぐ。 「ただ返すだけではつまらん。こう書き添えろ──“クラリスは、我の稚児になった”と」 愉快そうな笑いが部屋に落ちる。クラリスの胸に冷たい刃のような痛みが走った。 今ごろ、エルネストの手元にはペンダントが届いているのかもしれない。怒りに燃えているのか、それとも……ただ深く、悲しんでいるのか。 考え事に没頭していたせいで、クラリスは誰かが近づく気配に気づかなかった。不意に視界が暗転し、灼けるような体温に抱き寄せられる。 「クラリスよ。我の存在に気づかなかったのか」 高らかな笑い声が廊下に響く。睨みつける視線すら、相手を愉しませるだけだと知っていても、他に抵抗の術はなかった。 「今からおまえを抱く。皆の者、支度せよ」 その言葉を残し、大きな影は廊下の奥へと去っていく。屈強な傍仕えの兵士が左右から腕をつかみ、容赦なくクラリスを引きずる。廊下の赤い絨毯が、視界の端をゆらゆらと流れていった。 寝室の扉が開き、甘く濃い香りがクラリスを包んだ。ネグリジェを脱がされ、両腕と両脚が鎖で固定される。金具の冷たさに思わず身を捩ってみた。それが無駄なことだと分かっていても。 すぐにヴィクターが入ってくる。全裸のクラリスを見て、ヒューっと口笛を鳴らし、ほくそ笑む。乱雑に着ているものを脱ぎ捨てると、覆い被さってきた。鎖の音が微かに鳴り、腕が引かれる。クラリスは抵抗する代わりに、ヴィクターを冷たい眼差しで見据えた。 「その目だ。その冷たい目が、たまらなく愛おしい」 ヴィクターは口づけの雨を降らせてきた。クラリスの全身に跡が残される。まるで俺のものだと言わんばかりに。こんな姿をエルネストに見られたら、どれだけ悲しませるだろうか。 汗と脂が混じったヴィクターの匂いが鼻をくすぐる。甘くて重たい匂いは、吐息と混じって肌を覆った。熱いはずのその体。けれども、ぬくもりは皮膚の表面で弾かれる。体の奥は冷たいままだった。 「今日は媚薬無しでおまえを抱くぞ。覚悟するのだ」 それなら却って都合が良かった。媚薬無しなら、ただ痛いだけだろう。精一杯嫌がって、泣き叫んで困らせようとクラリスは思った。むしろ、自分から快楽を仕掛けて、先に音を上げさせてやろうとも考えた。 そんな気持ちを知ってか知らずか、ヴィクターは悠然と構える。 「おまえのような稚児など、いくらでも抱いてきた」 その太い指が、敏感なところを確実に捕らえてくる。思わずクラリスは吐息を漏らした。いつのまに覚えられたのか、弱点ばかりを刺激されて、次第に喘ぎ声が大きくなる。 「だが……不思議なものだ。我はおまえを欲してやまぬ」 ヴィクターの責めは指から舌に変わっていた。媚薬無しなのに、こんなに感じるなんて、さすが百戦錬磨の王だ。一物を含まれて、口の中で転がされる。クラリスは歯を食いしばって、いきそうになるのをこらえた。 だが、執拗な責めに限界を迎え、大量に漏らしてしまった。簡単にいかされたことを恥じて、体が赤く染まる。荒い呼吸を口づけでふさがれて、自分が吐き出したものが流し込まれてきた。鼻を摘まれて、そのまま飲み込んでしまう。涙目でヴィクターに抗議した。 「ふ……抗って、なお折れぬか」 どうにかしてヴィクターに一泡吹かせたくて、クラリスは頻りに手を動かす。けれども、鎖に阻まれて、空しく金属音が鳴るだけだった。それを見たヴィクターが、傍仕えの兵士に命じる。 「おい、腕の鎖を外してやれ」 「しかし……」 「構わぬ。下手な真似をするようであれば、手首を切り落とせば良い」 クラリスは自由になった両手でヴィクターの体に触れる。厚みのある熱い体。初めは物珍しそうに、やがて感じるところを探るように動かし始めた。その様子を、ヴィクターは愉しげに眺めている。 「我を感じさせようとしているのか? 面白い」 指先だけでなく、舌も這わせて反応を確かめる。少しでも、その顔が快楽に歪むと、クラリスの心は達成感で満たされた。次第に体が汗ばんでくる。 「もう我慢ならぬ。挿れるぞ!」 ヴィクターに組み敷かれ、十分なほぐしもなしに太い杭が挿入される。痛みに思わず声が漏れそうになるのを、クラリスは頬の内側を噛みしめて耐えた。ヴィクターを快楽に溺れさせるために、余計な反応は隠さなければいけなかった。 やっとの思いで根元まで入り、間髪入れずに腰が動かされる。痛みは波のように寄せたり引いたりした。せめて抗うように、腰に力を入れて体の内側で引き締めてみせる。ヴィクターが一瞬、甘い吐息を漏らした。 「我を悦ばせるために生まれてきたのだな!」 その顔は満足げで、嬉しそうでもある。クラリスも自然と笑みがこぼれた。覆い被さる体の重み。規則正しく打つ鼓動と息遣いが、自分の呼吸に重なっていく。次第に腰の動きは早くなり、クラリスの一物は再び大きな手で扱かれ始めた。 「おまえは我の宝だ。誰にも渡さぬ!」 絶叫と共にヴィクターの動きは止まり、やがてクラリスの上に崩れた。クラリスもヴィクターの手で果て、勢いよく飛び散った白い液体が二人の体を汚す。荒い呼吸だけが、部屋の中に響いた。 ヴィクターは何か言いたげな顔をしてクラリスを見つめる。いつもと違う様子にクラリスは不思議そうな表情を浮かべた。そこに口づけが落とされる。深くて長くて甘い……。それはエルネストの口づけにも似ていた。クラリスはどう反応すれば良いのか分からず、その腕を大きな体に回した。 いつまでもクラリスに執着するヴィクターに、傍仕えの兵士が遠慮がちに声をかける。 「陛下……時間です」 ヴィクターは大げさにため息をついて見せた。 「仕方あるまい。服を用意しろ」 クラリスにもう一回、短い口づけを残すと、ヴィクターは服を来て部屋を出て行ってしまった。鎖が外され、やっとクラリスは自由になる。“今のは何だったのだろう……” まだ、ぬくもりが残る唇を撫でながら、思いのこもった口づけに戸惑うのだった。

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