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執着(2)
ステファンが山賊の手に落ちた――その知らせは、城を震わせた。玉座の前に並ぶジョナサンと数名の兵士。兵士たちは恐怖に震え、額に浮いた汗を拭うこともできない。ただ一人、ジョナサンだけが無表情のまま、片膝をついていた。
「ジョナサン……そなたがついていながら、このざまか」
低く響くヴィクターの声は、雷鳴の前触れのようだった。
ロボアールが一歩前に出て、怒りを代弁する。
「王の威信を守る者として、恥を知れ」
「……不徳の致すところです」
ジョナサンは深く頭を垂れる。その顔は影に隠れ、真意をうかがうことはできない。
「もうよい。役立たずめ」
吐き捨てるように言い残し、ヴィクターはマントを翻して立ち上がる。その背中には、容赦ない断罪と冷酷な決意が滲んでいた。
「どこへ行かれるのですか!」
ロボアールが後を追おうとするが、傍仕えの兵士に制される。その間に、ヴィクターの姿は廊下の闇に消えていた。
*
部屋の扉が開くなり、クラリスはヴィクターに駆け寄った。
「なぜこんな時に、私のところへ来たのですか?」
問いかける体はベッドに押し倒される。重い体温がのしかかり、唇を奪われた。
「……我は、おまえを決して離さぬ」
闇色の双眸が射抜くように見つめる。
「ですが……ステファン様は? 大事な世継ぎでしょう」
クラリスの問いに、ヴィクターの瞳がわずかに揺れる。
「甘さでは生き残れぬ世界だ。それは息子とて同じ。おまえを渡すくらいなら……見捨てても構わん」
その言葉は刃のように鋭く、冷たかった。クラリスは胸の奥が締めつけられる。ステファンの寂しそうな横顔が脳裏に浮かび、痛みとなる。
「それでは、この国は……」
「世継ぎなど、また拵えればよい。我にはそれができる」
クラリスにはそれが強がりだと分かる。握る手のひらに籠もる力の弱さが、ヴィクターの本心を物語っていた。
「……私は、ステファン様を助けに行きます」
静かながら、決して退かぬ声。
「そう言って山賊のもとへ帰るつもりだろう。許さん」
疑いの眼差しが突き刺さる。クラリスはその瞳をまっすぐ見返し、自ら唇を寄せた。
「必ず陛下のもとへ戻ります。もちろん、ステファン様と共に。だから……命じてください」
沈黙――ヴィクターは唇を噛み、目を伏せる。
「……よかろう。だが忘れるな。もし戻らねば、我は山々を焼き尽くしてみせよう」
その声には真の殺気がこもっていた。クラリスは頬を優しく撫で、笑みを見せる。やっとヴィクターの口元にも、かすかな笑みが戻った。
「では、作戦会議を――」
「いや、我はおまえと二人で話していたい」
抱き寄せる腕に力がこもる。
「我が信じるのは、おまえだけだ」
低く囁く声に、クラリスは胸を締めつけられる。
「しかし……」
「そうではないか。ステファンの護衛にジョナサンをつけた。だが、あいつは容易く諦めて帰ってきた。何を信じろというのだ」
軽蔑と怒りが混ざった声に、クラリスは返す言葉を失う。その一方で、決意はより強くなるばかりだった。
「私は山賊の弱点を知っています。……だから、お任せを」
安心させるような微笑みが、ヴィクターの心を引き寄せる。深い口づけが落ちてきた。
「……クラリスよ。おまえに、ステファンの救出を命じる」
王としての声が一瞬響き、やがて、不安を隠さぬ声へと変わる。
「必ず……我のもとへ帰れ」
クラリスは大きな背中に腕を回し、ゆっくりと抱き返した。
「いや、おまえは必ず戻ってくると信じている」
ヴィクターの高笑いが部屋中に響く。再び静寂が訪れた後は、互いのぬくもりを確かめながら、二人で夜に溶けていった。
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