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嫉妬(1)

謁見の間は、静かな緊張に包まれていた。玉座の前、長い絨毯の中央にクラリスが立つ。その姿を兵士たちが遠巻きに見守っていた。 「先日の戦功と王子の救出――まことに見事であった」 ロボアールの声が響く。白い髭を揺らしながら、彼は玉座のヴィクターに向き直った。 「この若き戦士に、王子の教育も任せたく存じます」 ヴィクターの眉がわずかに動く。昨日の光景――ステファンがクラリスを抱きしめていた場面を思い出せば、きっと断るだろう。あの親しさは嫉妬を生み出しかねない。 「……何故だ」 問いかけに、ロボアールの目が細くなる。 「戦場を知る者、そして生き抜くための狡猾さを持つ者だからです」 その時、ステファンが一歩前へ出た。 「父上。僕は……クラリス様に教えを受けたいのです」 まっすぐな眼差し。周囲の兵士や侍従たちが息を飲む。これを否定すれば、王の度量が疑われるのは明らかだった。それでも、公然とクラリスを我が物にしようとするのか。 長い沈黙の後、ヴィクターは玉座から立ち上がる。 「……よかろう。ただし、必要以上に親しくなるのは許さん」 場内に戸惑いの拍手が広がる中、ステファンは何も気に留めず、笑みを浮かべてクラリスを見つめる。 「ありがたく拝命いたします」 クラリスは深く頭を垂れる。その瞬間、首元の赤い痣が露わになった。それが何を意味するのか。見る者が見れば分かるだろう。 とんだ茶番だ――ジョナサンは拍手をしながら、心の中で嫌悪感が渦巻くのを止められなかった。寵愛を受けているからって、王子の教育係にまで任命されるだなんて。 かつて、その役割は自分が担っていたはずだった。しかし、王子をあっけなくさらわれた責任を取らされて、お役御免に。ジョナサンは、今でも蔑むようなヴィクターの眼差しを忘れられない。 (ならば、王子のために身を挺して戦えというのか? クラリス一人を差し出せば済む話なのに、俺や兵士の命を犠牲にしろとでも?) ジョナサンはヴィクターの考えが理解できなかった。 何年か前。戦争に巻き込まれて孤児になったジョナサンは、ヴィクターに見初められて稚児になった。最初は怖くて痛かったけれども、次第に甘やかしてくれるようになった。痛いのは相変わらずだったが、あの人が喜ぶためなら何でも受け入れた。 だが、そんな時は長く続かなかった。やがて、ジョナサンは兵士として教育され、戦地に赴くようになった。何度もヴィクターに泣いて縋ったが、返ってきたのは“おまえはもう稚児じゃない”の一言だけ。それからは指一本触れてくれなくなった。 それが稚児たるものの定めなのだろう。そう自分に言い聞かせ、研鑽に励んで騎士まで上り詰めた。ヴィクターと肩を並べられるだけでも嬉しかった。クラリスが現れるまでは。 急襲を仕掛けてきた敵のはずなのに、しかも自分とそんなに年齢も違わないはずなのに、その日からヴィクターはクラリスに夢中になってしまった。 一度だけジョナサンはヴィクターに尋ねたことがある。“なぜ、あの者を稚児にするのですか?”と。 「あいつは、我の心をくすぐるのだ」 ヴィクターの答えはそれだけだった。“私ではダメなのですか!?”と問いかけると、イヤそうに追い払おうとする。それでも引き下がらないでいると、机を握りこぶしで叩いて立ち去るのだった。 だから、クラリスには忠告した。「長くは続かない」と。そして、クラリスが戦地に立った時、ようやく自分の悪夢は終わると思ったから、喜んで手を貸した。 しかし、ヴィクターは未だにクラリスを寵愛する。あの首元の痣がすべてを物語っていた。 (なぜだ、何が違うのだ!) ジョナサンの胸の奥で、焦げつくような熱が暴れた。息を吸うたびに、喉の奥が血の味で満たされる。自分が踏みにじられた歳月が、静かに、しかし確実に牙を剥いていく。ふと、一人の兵士から声をかけられた。 「ジョナサン殿……もう終わりましたよ」 我に返って周囲を見ると、謁見の間にはヴィクターやクラリスはおろか、他の兵士たちもいなくなっていた。 「す、済まない。考え事をしていたのだ」 そう言って、ジョナサンも謁見の間から出る。それでも、胸の中に芽生えた怒りは、まだ収まりそうになかった。

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