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共闘(1)
一週間――たったそれだけの間に、鬼の国はまるで別物に変わってしまった。
かつて緑豊かだった領地は黒い瘴気に覆われ、村も町も魔物の群れに踏みにじられていた。夜と昼の境が消え去り、常に血と炎の匂いが漂う。山の上から見下ろす光景に、ステファンは言葉を失った。
(もう、この国で安らげる場所は残っていない……)
自分の胸の奥で呟く声がした。
だが、その横に立つクラリスは毅然としている。エルネストに何度も「国の外へ逃げろ」と説得されても、首を横に振り続けた。
「私は、鬼の国を守りたいのです」
その言葉に、ステファンの心は揺れた。父を失った今、この国を背負うのは自分なのに。
「何のために? この坊ちゃんのためか」
エルネストが嘲るように笑う。クラリスは迷いなく頷いた。
けれども、ステファンは気づいていた。それは父のためでもあると。 二人の間に何があったのか、詳しくは知らない。ただ、自分でも代わりにはなれない絆で結ばれているのは分かっていた。それが悔しい。
父はかつて言ったことがある。“クラリスはいつかおまえの右腕になる”と。まだ会ったことのない相手なのに、なぜかステファンの胸が弾んだのを覚えている。そして、図書館での出会い。初めて書いた手紙。今でも鮮明に思い出せた。
それからは、自分が成長するたびに、必ずクラリスは隣にいたような気がする。そして、今も……。いつか城を奪還したら、必ず想いを伝えようと思った。たとえ心の中に父がいても。
エルネストの甲高い声に、ステファンは現実に戻される。
「だが、敵はすぐ近くまで来ている。このアジトだって、いつまで無事でいられるか分からないんだ」
エルネストはあくまでも逃げるつもりらしい。それならば、むしろ歓迎だ。これでクラリスが弄ばれることもなくなる。
初めてアジトに来た日。目の前でクラリスが犯されるのを止められなかった。耳を疑う荒い息遣いを、ただ聞いているしかできなかった。すべてが終わった後、どれほどエルネストを殴ってやりたいと思ったか。それでも、クラリスは自分を説得した。これは生き延びるために必要なことだと。もちろん、ステファンは納得いかなかった。
さらに追い打ちをかけるように、クラリスは山賊と共に民を襲い、物資を奪って生き延びていた。その姿を見た時、ステファンは心が張り裂けそうになった。
「かつて民を導いたクラリス様が、どうして……」
しかし、当の本人は静かに言った。
「我々が生き延びるために必要なことなのです。もちろん、王子も」
その瞳に見つめられると、どんな理屈も消えてしまう。たとえ誇りを失おうとも――クラリスが望むのなら、自分は共に堕ちていけるのかもしれない。そんなことを考える自分に気づいて、ステファンは震えた。
その時、ティアが前に進み出る。
「俺はクラリスの兄貴を手伝いたい」
続いてセイドが笑う。
「いくらでも協力してやるさ。借りもあるしな」
山賊たちの視線が一斉にエルネストへ注がれる。苛立ちを隠せず、結局は肩をすくめて吐き捨てる。
「へん……おまえらだけに格好つけさせてたまるか」
その瞬間、クラリスの瞳がわずかに揺らぎ、涙をこらえた笑顔が浮かんだ。
「みんな……ありがとう。本当にありがとう」
ステファンはその横顔を見つめながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。――やはり、この人は周りの皆を引きつける力を持っている。だからこそ、絶対に離せない。あらためてそう思うのだった。
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