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共闘(2)
ステファンにとって、アジトでの日々は、息が詰まるほどに居心地が悪かった。山賊たちの笑い声は荒々しく、食事の仕方も無遠慮で、武器を磨く手つきからは血の匂いが立ちのぼるようだった。城での生活しか知らなかった自分が、どれほど異物であるか痛感する。
だが、いつまでも異物ではいられない。世話になっている以上、何らかの役には立ちたかった。でも、どうやって? ステファンはクラリスに尋ねてみる。
「狩りをするのはいかがでしょうか。王子の腕なら、山賊たちの食料を調達できると思います」
その言葉に、ティアがニヤリと笑ってみせた。
「坊ちゃん、腕の見せ所だな」
セイドも低く笑いを洩らす。
「ここにいる以上、戦えなきゃ意味がねぇ。死んでも文句は言うなよ」
心臓が早鐘を打つ。けれども、クラリスがそっと背中に手を添えてくれた。
「大丈夫です。王子ならできます」
その言葉に押されるように、ステファンは山へ踏み込んだ。
狙いをつけたのは、巨大な猪だった。突き上げる牙は大人の腕ほどもある。泥を蹴立てて突進してくる姿は、辣腕の兵士でさえ退くほどの迫力があった。
ステファンの足は竦みかけた。だが、その瞬間、クラリスの声が鋭く届いた。
「恐れないで! 王子の一矢が皆を救うのです!」
その言葉で意識が澄み渡る。ステファンは弓を引き絞り、狙いを定めた。
「……行けっ!」
矢は猪の肩に深々と突き刺さる。咆哮を上げ、さらに速度を増して迫ってきた。
「次です、王子!」
クラリスが叫ぶ。二の矢。震える指を必死に抑え、喉元を狙った。矢は確かに命を奪い、巨体は土煙を上げて崩れ落ちる。
一瞬の静寂の後、見守っていた山賊たちが歓声を上げた。
「おい、やるじゃねぇか!」
「坊ちゃんにしちゃ上出来だぜ!」
ティアが豪快に笑い、セイドは肩を叩いた。
「これで少しは認めてやってもいいな」
胸が焼けるように熱かった。まだ恐怖は消えない。だが、それ以上に「できた」という誇りが湧き上がっていた。
その時、エルネストの怒声が響いた。
「おい、魔物だ。気をつけろ」
見ると、禍々しい妖気をまとった、人とも獣とも異なる魔物が、こちらをじっと見据えている。それも一体ではなく、何体もいた。
エルネストは、舌打ちをしながら、そのうちの一体を斧で叩き割る。
「坊ちゃんは、もう少し後ろに下がってろ!」
しかし、ステファンは震える手で弓を構えた。
「……僕も戦えます!」
矢が飛び、魔物の目に突き刺さる。よろめいたところをエルネストが斬り伏せた。
二人の呼吸が、ほんの一瞬だけ噛み合う。
「チッ……悪くねぇ」
エルネストは飛び散った血を拭いながら吐き捨てた。
「こちらこそ、助かりました」
ステファンは息を整え、負けじと応じた。互いに背を向けたまま――だが、そこには「戦友」としての絆が確かに芽生えていた。残りの魔物は、他の山賊たちが力づくで倒す。
全滅すると、クラリスが駆けつけて囁いた。
「王子、よくやりました。貴方は私の誇りです」
ステファンは顔を赤らめながらも、強く頷いた。
*
その夜、焚き火を囲んでの宴。焼かれた猪の肉が振る舞われ、山賊たちがどんちゃん騒ぎをする中で、ステファンの前にも大きな塊が置かれた。
「ほらよ、王子様の獲物だ!」
「これを食えば、もう俺たちの仲間だぜ!」
荒々しい声に囲まれて、ステファンは笑みを零した。肉は血腥くて固かったが、これほど温かく感じた食事は久しぶりだった。笑い声の向こうにクラリスの横顔が見える。揺れる炎に照らされながら、静かに微笑むその姿。隣で、じっと見つめるエルネストもいる。
ステファンは焚き火に目を向けながら、小声で呟いた。
「……僕は、クラリス様に貴方を選んでほしくない」
エルネストは一瞬、目を丸くしたが、すぐに獰猛な笑みを浮かべた。
「奇遇だな。俺も同じだ」
「え?」
「クラリスを奪われたくない。だから俺はおまえが気に食わねぇ」
ステファンは言葉を失った。けれど、胸の奥で妙な安堵を覚える。自分と同じ痛みに苛まれている男が、目の前にいる。
「なら……互いに負けられませんね」
ステファンが絞り出すように言う。エルネストは鼻で笑った。
「その意気だぜ、坊ちゃん」
火の粉が舞い上がり、二つの影が揺れた。敵同士でありながら、不思議な共鳴がそこにあった。
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