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弱点(2)

「あの時……」 おぼつかない手つきで温かいスープを飲んだロボアールは、城が襲われてから今までのことを語り始めた。 一瞬で兵士や侍従、民衆たちが命を落とした。アストレイアさえも……。どうにか魔法で敵の攻撃を交わし、城の外に出たが、そこはすでに魔物が犇めく世界。途方に暮れていると、偶然ジョナサンと出くわし、二人で逃げた。そして、あの山小屋へ行きついたというわけである。 ロボアールも熟練の魔法使いではあったが、もう前線から退いて月日が立ちすぎたこともあり、魔物の前では歯が立たなかった。仕方なく、自らは小屋にこもり、ジョナサンが食料を調達してくれたという。 ジョナサンは黙ってロボアールの話に耳を傾けていた。相変わらず、その表情からは真意がうかがえない。ただ、腕利きの騎士とはいえ、よく一人で食料を調達できたものだと、クラリスは感心した。 「運が良かっただけですよ」 謙遜するジョナサンに、ステファンは尊敬の眼差しを向ける。 「時には牛や馬の肉も手に入れてくれたのじゃ。柔らかくて、年寄りには有難かったぞ」 「ロボアール様!」 ジョナサンがロボアールの言葉を遮る。“牛や馬”という言葉に、その場にいた誰もが不思議そうな顔をした。あの襲撃から全然口にしてないというのに。 それを誤魔化すように、ジョナサンは問いかけた。 「クラリスこそ、よくあの山小屋までたどり着けたな」 「魔物の弱点を見つけたので、あそこまでたどり着けたのです」 そう言って、クラリスは魔物が寒さに弱いことを話した。 「弱点といえば、陛下はイグナーツが炎に弱いとおっしゃられていた」 「炎ですか?」 ジョナサンの話を、クラリスは意外に思う。黒魔術に長けているなら、当然、炎の魔法も使えるだろう。それなのに自身が火に弱いとは。しかも、ヴィクターが言ったというのだから、なおのこと驚く。自分にはそんな話をしなかった。思わず、いつどこでその話を聞いたのか、問い詰めたくなった。 「我々は、騎士や兵士ばかりだったから、太刀打ちできなかったよ。おまえがいれば、陛下は今頃……」 それは、クラリスも同じ思いだった。けれども、自分がいなければ、ステファンが無事でいられる未来は無かったかもしれない。 「……私は、城を取り返したいです」 決意めいた表情でクラリスが言う。 「クラリス!」 すぐにエルネストが嗜めるように遮った。 「王子やジョナサン殿、ロボアール様の居場所を取り戻したいのです」 振り絞るような声。ロボアールは体を震わせ、涙を流す。ジョナサンも黙って俯いた。 「どうか、お二人の力を貸していただけませんか?」 クラリスの問いかけに、二人とも頷いた。ステファンが嬉しそうな顔をする。 「クラリス様に、ロボアール様やジョナサン殿もいれば百人力ですね」 笑い声が上がる。その中で、エルネストだけが苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 * それからは毎日のように作戦会議が続いた。クラリスを筆頭に、ステファン、エルネスト、ロボアール、ジョナサン、さらにティアやセイドまでも加わり、議論を戦わせた。城までは容易に攻略できそうだったが、城の中はどうなっているか分からない。所々に罠が仕掛けられているかもしれなかった。 その中でも、堂々と意見するステファンにクラリスは目を見張る。体だけでなく、中身もこんなに成長していたなんて。おそらく、生き抜く強さを身につけた自信の賜物だろう。ロボアールも、頼もしい王子に目を細めた。 長い会議の末、城に攻め入るのは新月の夜に決まった。それなら少ない負担で城までたどり着けるだろうし、敵にも気づかれにくいだろう。戦いに参加するのは山賊の精鋭たち。アジトを守るためにも、クラリスはエルネストに残るよう伝えたが 「バカ野郎。おまえだけを行かせてたまるか」 と聞く耳を持たない。どうしても守らなければいけない者が二人になった分だけ、クラリスの負担は大きくなりそうだった。 決戦の前夜、エルネストの寝床へ行こうとするクラリスを、ステファンが止めた。 「今夜は僕のそばにいて欲しいのです」 ステファンが怯えているのは分かった。クラリスはエルネストに、一緒にいてあげたいと乞う。 「俺だって、今夜が最後になるかもしれないんだぜ?」 「何を弱気になっているのですか。明日だって抱き合えるでしょう」 クラリスは自信ありげにほくそ笑む。エルネストもつられて笑った。 「そうだったな。俺たちには明日があるな」 そう言って、くるりと背中を向ける。 「坊ちゃんのそばにいてやれ。ビクビクして寝不足になっちゃ、堪ったもんじゃないからな」 「ありがとうございます」 クラリスは後ろからエルネストに抱きつき、頬に唇を当てた。エルネストの顔が真っ赤になる。 「バ、バカ。そういうの、我慢できなくなるだろ?」 だが、振り向くとクラリスの姿は闇の中に消えていた。 「ク、クラリス様……」 ステファンの寝床に潜り込むと、すぐに顔を上げて、クラリスをまっすぐに見つめてきた。 「今夜はそばにいてあげますから、ぐっすり眠ってくださいね」 安心させるように、背中に腕を回す。ステファンもクラリスの体に腕を回してきた。 「こうしていると……落ち着きますね」 吐息がかかるほど顔が近い。クラリスはその頬に触れてみる。やがて唇を重ねられてきた。長い口づけ。ぎこちなくて、それでも一生懸命さは伝わってくる。腕に力がこもってきた。 「ごめんなさい……イヤじゃないですか?」 ステファンの問いかけに、クラリスは首を横に振る。初めてのはずなのに、懐かしさも感じる口づけが嬉しかった。 「クラリス様。もし、城を奪還できたら、僕と結婚していただけますか?」 突然の告白にクラリスは戸惑う。そもそも男同士だ。結婚なんてできるのだろうか。それに、自分はステファンの隣に立つのにふさわしいのか。 「僕は貴方が欲しい。貴方と一緒にいられないなら、国なんかいらない」 真剣な眼差し。もう子どもの戯言では済まされなかった。 「……お望みのままに」 クラリスは目を閉じる。先ほどよりも荒々しい口づけが降ってきた。今にも寝間着を脱がされそうな勢い。けれども、もう眠らなければいけなかった。 「王子、続きはまた今度」 大きな体を押し留めると、ステファンは悔しそうに唸った。 「必ず、明日の戦いは勝ってみせます。二人で一緒に城へ帰りましょう」 力強い囁きに、クラリスは頷いて目を閉じる。それでも、ステファンが何度も触れてくるので、なかなか寝付くことができなかった。 (こんなにも心が揺れるのは、どうしてだろう。誰かを選ぶことは、誰かを捨てることなのか。それでも、今、私が手を取るべきなのは──)

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