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反撃(1)

真夜中。闇がすべてを覆う頃、クラリスたちは静かにアジトを後にした。短く鳴いたベルネアが、その身を寄せてくる。ついて行きたいという意思がひしひしと伝わってきた。 「ごめん。必ず帰ってくるから、ここで待ってておくれ」 ベルネアの瞳が潤み、クラリスを見つめる。まるで「今度こそ帰ってこないのでは?」と問いかけているようだった。 新月の夜。星の瞬きだけが山道を照らしている。魔物たちは寒さに縮こまり、敵対するものは少なかった。立ち向かっても、クラリスの魔法が放たれるたび、静かに一体ずつ倒れるだけ。 吐息が白く凍る中、十数人の仲間たちと山を下り、雪の平原を駆け抜ける。遠くにぼんやりと浮かぶ城の影。その輪郭が次第に大きくなってきた。 「もうすぐですね……」 ステファンの呟きに、クラリスは微笑みで応える。 だが、城下町に入った途端、空気は一変した。街は見る影もなく荒廃し、そこかしこにしゃぶられつくされた骨が転がる。ステファンは顔を背け、堪えきれず涙ぐんだ。クラリスはそっとその背中を抱きしめる。息が落ち着くまで、しばしの静寂が流れた。 「来たぞ、魔物だ!」 数体の魔物が現れる。クラリスは冷気の魔法を放ち、動きを止める。山賊たちがすぐにとどめを刺した。 「今ので気づかれていないといいが……」 エルネストが呟く。クラリスは歩みを止めずに答えた。 「敵が油断しているとは思っていません」 その言葉どおり、前に進むごとに魔物は強くなる。冷気だけでは動きを鈍らせるのがやっと。クラリスは炎、雷、衝撃波を駆使して突破するも、魔力の消耗が激しくなっていた。 「クラリス、無理すんな。俺たちもいるんだからよ」 エルネストの言葉に、クラリスは鼻をこすって笑う。仲間たちの存在は頼もしかった。 ついに城門へとたどり着く。屈強な人型の兵士が守りを固めていた。迂闊に手を出せば、城全体に敵襲の知らせが広がるだろう。 「城の裏口から入ろう」 ジョナサンが提案する。ヴィクターが使っていた秘密の出入口。その近くの厩舎をクラリスも覚えていた。 見張りは二人だけ。クラリスの雷が打ち倒し、ティアが毒でとどめを刺す。だが、扉には鍵がかかっていた。皆が戸惑う中、ジョナサンがノックして呼びかける。 「おい、開けろ」 扉が開いた。その直後に敵兵がクラリスたちに襲いかかる。援軍も加わり、山賊たちが数人捕まった。 「旦那、ここは俺が相手になります!」 セイドが身を挺して皆を逃がす。クラリスが躊躇するも「行くんだ!」とエルネストが手を引っ張った。 兵舎へと続く通路を進み、今度もジョナサンが先頭に立って扉を開けた。中は静まり返っていた──が、それは罠だった。 突然明かりが灯り、取り囲む敵の兵士たち。槍が一斉に突き出される。 「王子、中心にいてください!」 仲間たちがステファンを守る形で囲む。クラリスの雷が炸裂し、敵が一瞬怯む。その隙に反撃を開始するが、防具が強固なせいか、敵はすぐに立ち上がってしまう。 「首を狙うしか……」 クラリスが雷で刃を生み出そうとした時、ロボアールが前に出た。 「儂が止めよう。強力なバリアを張る」 老いた顔に気力を振り絞る姿が滲む。クラリスが迷う中、エルネストが厳しく言い放つ。 「ここで全滅してもいいのか?」 ステファンが涙を浮かべつつも頷いた。 「ロボアール様に託しましょう」 クラリスたちは兵舎を後にして、先へと急いだ。 そこからは、いくつも枝分かれしていた。図書室、かつてのクラリスの部屋、そして執務室へと通じる廊下。ジョナサンは迷わず執務室へ向かおうとする。 「そこも敵でいっぱいだったりして」 ティアの冷ややかな声が響く。 「他も安全とは限らないさ」 ジョナサンの返事に、クラリスは逡巡しつつも、ステファンと目を合わせて頷いた。 「執務室へ行こう」 ヴィクターの執務室。初めて足を踏み入れるその空間には、威厳ある机と椅子が置いてあり、歴代王の肖像画が飾られていた。まだ、ヴィクターの匂いが残っているような気がして、クラリスは精一杯息を吸い込む。だが、静寂は長く続かなかった。 「天井だ!」 ティアの叫びと共に、天井から化け物が降ってくる。人の顔を持つ四足の魔物。クラリスに襲いかかるが、仲間たちが盾となって戦う。 エルネストの斧、ステファンの矢が次々と魔物を打ち倒す。クラリスも全力で応戦し、ようやくすべての魔物が沈黙する。 「済まない……足を引っ張ってしまった」 「気にするな。そのために俺たちがいるんだ」 エルネストが胸を張り、ステファンが笑う。その姿にクラリスは胸が熱くなった。 だが、これで終わりではなかった。ジョナサンが謁見の間の扉に手をかけた瞬間、背後の扉が開いて、兵舎で倒したはずの敵がなだれ込んでくる。 「ロボアール様が!」 動こうとするクラリスを、エルネストが押さえる。 「バカ野郎、どこへ行く!」 敵の数が増え続ける中、ティアが立ちはだかる。 「ここは俺に任せろ」 「そんな、死んでしまう……!」 クラリスが手を引こうとするが、ティアはそれを振りほどく。 「これは恩返しだよ、兄貴」 ウインクを返して数人の山賊と敵を迎え撃ち始めた。かつてクラリスは、稚児だったティアを何度も庇ったことがある。時には自分の身も差し出して。けれども、命で返すのは重すぎだった。それでも、ティアは無鉄砲に敵の群れへ飛び込む。 クラリスは泣きそうになりながらも、エルネストに導かれ、謁見の間へと進むしかなかった。

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