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反撃(2)
ようやくたどり着いた謁見の間。重厚な扉を押し開けると、中は漆黒の闇に包まれていた。玉座だけがぼんやりと浮かび上がり、沈黙が支配している。
クラリスたちはそれぞれに武器を握りしめ、靴音だけが天井にこだまする中、慎重に歩みを進めた。
「これが、玉座……」
ステファンが一歩前に出て、吸い寄せられるように腰かける。
「おい、こんな時に王様ごっこしてる場合かよ!」
エルネストが呆れたように声をかけた時、部屋中に眩い光があふれた。目を覆うほどの明るさ。直後、高笑いが響き渡る。
「ハハハ、よくぞ来たな、愚か者どもめ。このイグナーツ様に歯向かうとは!」
白銀の髪を靡かせ、黒いケープを翻す男が現れる。氷のような瞳が、クラリスたちを射抜いた。人の姿をしていながら、異形の存在であることは明らかである。
「た、助けて……!」
ステファンの声。玉座に絡みついた魔物の触手が、彼の体を締め上げていた。
「王子を離せ!」
クラリスの叫びに、イグナーツは冷笑を浮かべる。
「いいだろう。まずはこの俺様を倒してからな!」
イグナーツの魔法が飛び、床を砕く衝撃が走る。次々と放たれる魔法に、クラリスたちは防戦を強いられた。
クラリスは指先に魔力を集中させ、ジョナサンに教えられた弱点である“炎”の魔法を放った。しかし──
「ふん、炎ごときで……!」
イグナーツは炎に包まれながらも平然としていた。
「……嘘?」
クラリスが振り返ろうとしたその刹那、鋭い痛みが背中から体を貫く。ジョナサンが槍で突き刺したのだ。
「てめぇ、クラリスに何を──!」
エルネストの怒声が遠のいてゆく。意識が薄れる中、ティアの警告が脳裏に蘇る。
──ずいぶんと詳しいんだな。
そう、すべては……ジョナサンの仕業だったのだ。
「裏切られたのは俺の方だ」
イグナーツの隣に立ったジョナサンが、冷笑を浮かべる。
「ヴィクターに捨てられた俺は、クラリスも、ステファンも、全員が憎かった。だからイグナーツと組んだのさ」
その声を、玉座の上でステファンはただ震えながら聞いていた。
「何度もクラリスを殺してやろうと思った。やっと果たせたよ」
その言葉に、エルネストが激しく震え、クラリスの亡骸を抱きしめる。
「だから、生き延びたんだな……」
「そうさ。この城は家みたいなものだからな」
ずっと仲間のふりをして、タイミングを計っていたジョナサン。これまでの戦いは、すべてが仕組まれていた罠だったのだ。
笑い声が響く中、エルネストの手がペンダントに触れる。命のしずく──最後の希望。
──でも、今は無理だ。
イグナーツとジョナサンの視線が、玉座でもがくステファンに向く。
「残るはこの坊ちゃんだけか」
イグナーツが冷笑を放つ。ステファンは限界まで締めあげられ、息も絶え絶えだった。けれども、体の内側では確かな変化が起こっていた。胸の奥で何かが疼く。角や牙が伸びるような感覚、脈が速まるほどに体が膨れ上がろうとする衝動。
「クラリス様を……僕のクラリスを殺すなんて許せない!」
突然、悲鳴が起こり、魔物たちの触手が弾けた。イグナーツとジョナサンが目を凝らすと、ステファンが立ち上がって見下ろしている。その体は少し大きくなったように見えた。
「僕のクラリスを返せ。僕の大切な宝物!」
その体は次第に大きくなってゆく。身にまとっていたものがはち切れて破れ、裸になる。イグナーツが慌てて
「皆の者、こいつを倒すのだ」
と号令をかけるが、その間もステファンは大きくなるばかり。ついに謁見の間の天井に届くほどの大きさになった。それすら突き破りそうで、窮屈さに苦しみもがいている。
エルネストは、クラリスを庇いながら、その様子を呆然としながら眺めていた。
「言い伝えは本当だったんだ……」
“鬼の正当な世継ぎは、国が危機に陥ると巨大化して救う”そんな言い伝えが頭の中を過る。今まさに、ステファンは目覚め、本物の鬼と化していた。
ステファンが地団駄を踏むと、深い裂け目ができる。応援に駆けつけた魔物たちが次々と飲み込まれていった。
その眼差しはジョナサンへと向けられる。ジョナサンは逃げ出そうとしたが、その一歩を踏み出したところで、巨大な足が襲いかかってきた。“ブチッ”と何かが潰れる音がする。エルネストは思わず目を固く閉じた。
「面白い。だが、俺様の魔法に叶う奴などいないのだ!」
イグナーツは強力な魔法を放つ。それはステファンの全身を包むが、まったく効いている様子は無さそうだった。ためらいもなく腕が伸ばされ、大きな手のひらがイグナーツを掴んだ。
「な、何をする。離せ!」
イグナーツはもがくが、力は強くなるばかり。ついに断末魔の悲鳴を上げて、握り潰された。開いた手のひらから、バラバラになった体と、ドロドロの血が落ちてくる。
それでも、ステファンの暴走は止まらない。今度は城を壊し始めた。
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