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遺骨
数日後、クラリスとステファンは、ベルネアの背中に乗って、北の国境に向かっていた。手には、市場で手に入れた赤い大輪の花束を携えている。
イグナーツが討伐された後、魔物の姿はめっきり減り、鬼の国には平和が戻りつつあった。城下町は賑わいを取り戻し、市場も人であふれていた。城だけは相変わらず瓦礫の山だったが、雪解けが進めば本格的に復興が始まるだろう。
上空から山道をたどっていくと、やがてヴィクターが陣営を構えたと思われる跡が見えてきた。白い雪の中に残る黒い焦げ跡。そこでベルネアを下ろす。
地上に下り立つと、まだ血と煙の匂いが漂っていた。いくつもの鎧や兜、骸骨が転がっている。その中で、クラリスは一際大きくて丈夫な骨を見つけた。
倒れた時のままで頭蓋骨から足の骨まできれいに残っている。まるで「我はここにいるぞ」と訴えているかのような堂々たる骸。傍らには、焼け焦げた赤い布切れが風に揺れている。ヴィクターがいつも羽織っていたマントの切れ端だった。
ヴィクターは生きているものだと信じていた。もしかしたら、ステファンと同じく、本物の鬼になって暴れたのだと期待した。けれども、すべては無残にも打ち砕かれた。
クラリスはステファンと共に、骸骨があるところに赤い大輪の花束を手向ける。それは、鬼の国の軍旗の色でもあった。白と黒だけの世界の中で、そこだけが鮮やかに輝く。
「陛下……」
泣いてはいけない。そう決めていたはずなのに、クラリスの目からは大粒の涙があふれてきた。自分では押さえきれないほど、嗚咽が止まらない。一番泣きたいのはステファンのはずなのに。
それでも、ヴィクターがくれた数々の思い出が脳裏を過ると、泣くのを止められなかった。稚児として腕に抱かれ、守られた夜の数々。伴侶とまで呼ばれたのに、最後は一緒に死ねなかった。
そんなクラリスの肩を、ステファンは後ろから抱き竦めた。瞳は濡れていたが、その表情は毅然として揺るがない。
「これからは僕がいます。……父に代わって、僕が貴方を守ります」
まっすぐに見据える闇色の双眸。その決意に胸が揺さぶられる。クラリスは、甘えそうになる心を必死に押し留めた。
「……ええ。やらなければいけないことが、たくさんありますね」
無理に笑顔を作ろうとした瞬間、ステファンの口づけが落ちた。拙いが誠実な慰め方。
「僕は、これしか知りません」
それでも、涙を止めるには十分だった。クラリスは静かに瞼を閉じる。
「ありがとう、王子。そろそろ帰りましょう」
二人でベルネアの背中に乗る。遠ざかる遺骨。手向けられた赤い花束が、いつまでも輝きを放っていた。
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