32 / 39
復興(2)
復興だけではない。国の立て直しに向けても、夜になると焚き火を囲んでの議論が尽きなかった。皆が汚れた服のまま、眠気をこらえながら意見を交わし続ける。とりわけ、山賊たちの今後については、議論が白熱していた。
「だったら一から人材を探せばいい。どうしても俺たちが手を貸さなきゃいけない理由なんてねぇよ」
エルネストがやや語気を荒らげると、ティアやセイドも同意した。
「ロボアール様、彼らは確かに山賊ですが、それは生きるため。根は真面目で、働き者ばかりです」
クラリスが進言すると、ロボアールはじっと見つめ返し、顎ひげを撫でた。
「そういえば、そなたという“前例”があったな」
まるで苦笑いするように目を細める。
ステファンとロボアールの意見がぶつかる場面も増えた。若き王子は新しい国づくりを夢見ていたが、ロボアールは先王の意思と、鬼の国の伝統を重んじていた。クラリスは間に立ち、時にはステファンの熱意を支え、またある時はロボアールの憂いに寄り添った。
けれど、その夜の議題だけは、どちらの肩も持つことができなかった。
「王子。戴冠式の折には、王妃を娶っていただきます」
それは静かでありながら、有無を言わせぬ口調だった。
「国の安定のために。そして正統な世継ぎを残すためにも、それは必要不可欠です」
ステファンは俯いた後、静かに、強い声で答えた。
「……僕が結婚するのは、クラリスと決めています」
その一言に、エルネストが立ち上がった。
「ふざけんな。クラリスは俺のものだ。おまえになんか渡さねぇ!」
「クラリスは、僕に約束してくださった。“この国を取り戻したら一緒に生きよう”って。違うのですか、クラリス……?」
突然振られて、クラリスは言葉に詰まる。
「クラリスは男だ。子は成せぬ。それに山賊であり、先王の稚児でもあった。過去が重すぎる」
ロボアールの冷静な言葉に、ティアが激昂する。
「兄貴を侮辱するのか!」
クラリスは俯いた。ロボアールの言う通り、自分にはステファンの隣に立つ資格など無い。
「クラリスと結婚できないなら、国なんていらない!」
ステファンの叫びが、空気を一変させる。彼は立ち上がり、アジトの外へ走り去ってしまった。
クラリスが後を追おうとすると、エルネストがその腕を掴んで止める。
「放っておけ。今の坊ちゃんには、頭を冷やす時間が必要だ」
だが、クラリスの心は落ち着かなかった。ロボアールがそっと近づいてくる。
「軽はずみな約束は、王子にとって毒となる。そなたには、それが分からぬか?」
クラリスは無言で頭を下げた。胸の奥に重しが乗せられたようで、息をするのも苦しい。
「気にすんな。俺はいつだって、おまえの味方だ」
エルネストの腕が、肩を抱こうと伸びてくる。それを静かに振り払うと、クラリスはアジトを抜け出した。
外はすっかり夜の帳に包まれていた。春とはいえ、吐く息は白く、風は冷たい。ふと目をやると、小屋のそばにステファンの姿が見える。ベルネアの頭を撫でながら、何かを呟いていた。
「……どうしてクラリスと結婚しちゃいけないんだろう。王妃なんて宛がわれても、愛せるはずがないのに……」
それは、他でもないクラリスに深く突き刺さる言葉だった。
気づかれぬようそっと退こうとした時、ベルネアが小さく鳴いた。ステファンが振り返る。
「クラリス?」
そのまま駆け寄り、抱きしめられる。クラリスは拒もうとするが、腕は強く、自分の力では解けない。
「どうして逃げるのですか?」
「……ロボアール様の言うとおりです。私は、王子の結婚相手にはふさわしくありません」
「違う! 諦めてはいけません。僕は諦めない。だから、クラリスにも……僕を諦めて欲しくない」
ステファンは、澄んだ瞳でクラリスを見つめていた。その視線に、自分がどれだけ救われているのか。涙がひとすじ、頬を伝った。
「私は、もっと強くならなければいけないですね」
「ええ。ゆっくりでもいい。二人で一つずつ乗り越えていきましょう」
冷たい風が二人の間を通り抜ける。
「風邪を引きますよ。中へ戻りましょう」
ステファンに手を引かれて、クラリスは静かに頷いた。
ともだちにシェアしよう!

