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初夜(1)

暖かな春の夜。城下町ではささやかな宴が開かれていた。城の瓦礫が片付け終わった祝い。山賊も民たちも、誰もが分け隔てなく、笑顔で酒を酌み交わしていた。クラリスも久々に安堵した表情を浮かべ、ステファンの隣で静かに座っていた。 時折、陽気な音楽が聞こえてくる。踊り出すものもいた。それが静かなワルツに変わると、ステファンはクラリスに手を差し伸べた。 「僕と踊りませんか?」 「でも、踊った経験が無くて……」 「僕が教えますから、その通りに動いてください」 半ば強引に手を引かれ、広場の中心へと連れ出される。男同士のワルツにどよめきが起こったが、ロボアールが「王子は酔っているのじゃ」と言い添えると、誰も気に留めなくなった。 「そうです、クラリス。その調子」 ステファンの言葉に合わせてステップを踏む。ターンするたびに軽々と体が持ち上げられ、熱い胸に抱き寄せられる。クラリスは体が火照るのを感じた。決して酔っているせいだけではない。 音楽が終わり、二人は元いた場所へ戻る。そこへ、エルネストがやってきて 「話がある」 と、クラリスの手を握った。せっかくの余韻を台無しにする行為に、クラリスは振りほどくべきか迷う。けれども、その目は真剣だった。 「ごめんなさい、王子。ここで待ってて」 そう言い残し、後をついていった。 たどり着いたのは、宴の喧噪から少し離れた、消えかけた焚き火のそば。暗がりの中で、クラリスはエルネストに抱きしめられた。 「……クラリス。おまえ、本当にあの坊ちゃんと結婚する気なのか?」 その問いかけには怒りだけでなく、寂しさもこめられているのが分かった。クラリスは小さく頷き、言葉を選んでその理由を話す。 「王子は、私を心の底から必要としています。私はその期待に応えたいのです」 それは本当だった。周囲からの反対を物ともせず、立ち向かおうとするその姿に、クラリスは惹かれていた。 「俺はどうなってもいいのかよ!」 エルネストが涙声になる。「捨てないでくれ!」と訴えているようにも聞こえた。 「貴方が私をここまで育ててくださったこと、ご恩は一生忘れません。けれども……私は自分の道を歩きたいのです」 それは、稚児からの卒業宣言でもあった。それでも、エルネストは背中に回した腕を緩めようとしない。 「俺は心配だよ。おまえを見てると危なっかしくってさ」 確かにそうだった。鬼の国に単身で攻撃を仕掛けたり、ジョナサンを信頼して命を落としそうになったり……。そのたびに諦めないで助けてくれようとしたのはエルネストだった。 感謝の気持ちをこめて、自分から唇を重ねる。すぐにエルネストも舌を絡めてきた。涙に濡れた顔。これが最後だと勘づいているのだろう。 「私は自分の力で歩けます。もう、守られながら誰かの影には隠れたくありません」 腕が解ける。エルネストは力なく俯いた。 「分かってる。おまえの心は俺の手が届かないところに行っちまったって。でもな。これだけは覚えていてほしい」 出会った頃と同じ、まっすぐで澄んだ眼差し。 「俺はいつでも待っている。だから、辛いことがあったら戻って来てくれ。いつでも抱きしめてやるから」 今度はクラリスから抱きしめてあげた。エルネストは肩に縋って泣いている。その姿は、まるで大きな赤ん坊のようだった。

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