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初夜(2)
同じ頃、ステファンはロボアールに声をかけられ、城下町の有力者たちと顔を合わせていた。誰もが結婚の話を口にする。やはり、若くして即位する王に、王妃がいないのは不安だと考えているようだった。
「王子、妃の候補は絞られてきております。どなたをお選びに?」
ロボアールの問いに、ステファンは首を横に振る。
「僕が結婚するのは、クラリスだけです。他の誰でもありません」
場が静まり返る。言葉にせずとも「男と?」「しかも先王の稚児だった者と?」という疑念と動揺が空気を染めてゆく。そのうち、冗談を言っていると思われたのだろう。失笑が漏れてきた。
「僕は本気です。王妃なんていりません」
「王子!」
ロボアールが厳しい声をあげる。
「軽率な言葉は慎みなされ」
静かに、だが威厳を持って諫める。ステファンはその目をまっすぐに見返した。
「僕の気持ちは本気です。あの人がいたから、僕はここまで来られた。誰が何と言おうと、僕はクラリスと生きていきたい」
有力者たちがそれぞれに口を挟む。
「王子、あまりに非現実的ですぞ。鬼の国の未来は、血の継承にあります」
「王家の責務から逃れたいのであれば、即位を考え直されては?」
辛辣な言葉が次々と浴びせられる。それでも、ステファンは頑なだった。
ロボアールが低い声で告げる。
「そなたがそれほどまでに強情であるのなら、王としての器が問われる日も遠くはあるまい」
言葉の重さに、場の空気が沈む。いたたまれなくなったステファンは席を立ち、そのまま暗闇の中へと消えていった。
*
約束の場所に戻ってきたクラリスは、ステファンがいないことに気づいた。いつのまにか宴の浮かれ騒ぎは鎮まり、代わりに緊迫した空気が流れている。
「王子を見なかったか?」
ロボアールに問われ、首を横に振る。その時はじめて、ステファンがいなくなった経緯を聞かされた。クラリスは唇を噛む。
「私のせいです。探しに行きます」
踵を返すと、エルネストやティア、セイドも加わってくれた。特にエルネストは別れ話をした後なのに、変わらず手を貸してくれる。その優しさが嬉しかった。
「お手を煩わせて済みません」
「気にするな。俺とおまえの仲じゃねぇか」
城の周りや城下町にはいなかった。アジトに戻ったのではないかと山を登る。途中にはいくつもの分かれ道。迷子になっている怖れもあった。
手分けして探したが見つからない。アジトにもいなかった。もう夜も更け始めている。いくら春でも、この時間になるとさすがに肌寒い。悪い予感がクラリスの体を駆け巡る。
「空から探しましょう」
申し訳ないと思いながら、寝ぼけまなこだったベルネアの背中に乗る。「俺も行くぜ!」とエルネストも乗ってきた。ベルネアが嫌そうな声を上げる。ティアやセイドと「互いに見つけたら、松明を振って合図しよう」と決めて、ベルネアは飛び立った。
「……ったく、坊ちゃんはどこに行ったんだ。みんなに迷惑かけやがって」
エルネストが後ろでぼやく。クラリスは、もしいるならあそこしかないと確信めいたものを感じていた。
かつてロボアールとジョナサンが身を寄せていた山小屋。近づくと、ぼんやりと焚き火が揺らめくのが見えた。クラリスはベルネアに指示して近くに下り立つ。
「これだけ騒がせたんだから、一発ぶん殴って目を覚ましてやらなきゃいけないな」
そう言って、エルネストが腕まくりするのをクラリスが止めた。
「ここからは私が一人で行きます。だから、エルネスト様は先にアジトへ帰っていただけますか?」
「何をするつもりだ!」
「王子を説得できるのは私しかいません。だから朝まで時間が欲しいのです」
それが何を意味するのかエルネストは悟ったのだろう。つまらなさそうな顔をすると、ベルネアに跨った。
「いいさ。俺も初めての夜を邪魔するほど無粋な男じゃねぇからな」
ベルネアが暗闇の中に遠ざかる。クラリスは大きく深呼吸すると、山小屋の扉をノックした。
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