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初夜(3)

しばらくして軋む音と共に扉が開いた。 「……クラリス?」 泣き腫らした目のステファンが、掠れた声でつぶやく。驚きと安堵が入り混じった表情。クラリスはそっと微笑んだ。 「探しましたよ。……風邪を引かれたらどうするおつもりですか?」 ステファンは黙ったまま顔を背けた。けれども、クラリスが中に入って扉を閉めると、堰を切ったように声を上げた。 「どうして、ダメなんですか! クラリスが隣にいてくれるなら、王妃なんて、世継ぎなんて、どうでもいいのに……!」 その声は子どものように震えていた。クラリスは何も言わず、そっとその肩を抱きしめた。 「私も……同じ気持ちです。けれども、貴方は王になる方です。その責務から逃げるような選択を、私から促すわけにはいきません」 「じゃあ、今夜だけでいい。何も考えず、そばにいたい。……お願いします。拒まないでください」 懇願するような声。涙に濡れた瞳がまっすぐに見つめてくる。その必死さが、クラリスの心の壁をゆっくりと溶かしていった。 「……分かりました」 火が残る囲炉裏のそばに寝床を作る。そして、二人は静かに向き合った。 「初めてなんです。……優しく教えてください」 頬を染めたステファンが、そっとクラリスに触れる。その手は震えていたが、触れたいという意志だけは、何よりも確かだった。 クラリスは静かにステファンを抱き寄せ、額に口づけた。 「貴方のすべてを、ちゃんと受け止めますね」 火の粉がパチリと弾けた。二人の時間が、静かに動き出す。焚き火の光が、二つの影を壁に映していた。 ステファンは、そっとクラリスを抱きしめた。胸の鼓動が触れ合うほどの距離。 「やっと……二人きりになれましたね」 その声は震えていた。見つめ合う眼差し。吸い寄せられるように唇が重なった。クラリスの体がわずかに震える。拒絶ではなく、期待と緊張の入り混じったもの。 「僕は……ずっと貴方を、抱きしめたかった」 ステファンの言葉はぎこちない。けれども、その誠実さが胸に沁みる。いくつもの試練を経て大人になった顔つき。そこには一人の立派な青年がいた。 「僕のものになってくれますか? いや、なってください!」 その訴えに、クラリスはただ微笑んで、自分からもう一度口づけた。ゆっくりと、確かめ合うように。 服が、ひとつずつ脱がされていく。丁寧に、慎重に。肌が露わになるたび、ステファンは指を滑らせた。 「……きれいだ」 ステファンは、目の前のすべてを記憶に刻もうとしているかのように、まっすぐに見つめてきた。 ぬくもりが、指先から伝わる。触れられるたびに、クラリスの呼吸は浅くなり、肌が震える。言葉はもういらなかった。欲しかったのは、心と心の結びつき。 「王子……」と呟いたクラリスに、ステファンは不服そうに笑った。 「名前で呼んでください。……ステファンって」 懐かしさが胸を満たす。出会って間もない頃、クラリスは確かにそう呼んでいた。 「……ステファン」 そう呼ぶたびに、ステファンは子どものように嬉しそうに笑った。 焚き火よりも熱く、肌が重なり合う。熱くたぎった一物が体の中に入ってくる。クラリスの身体でステファンが満たされてゆく感覚は、痛みと快楽の狭間で、ゆるやかに溶け合っていった。 「クラリス……気持ちいい。貴方のすべてを感じます……」 その言葉に、クラリスの胸が熱くなった。涙が滲んでいたのは、痛みのせいではない。ここまで歩いてきた道のりの重みが、いま、すべて報われていくような気がしたからだ。 「……ステファン、私も……貴方に会えて、本当に良かった」 乱れた吐息の中で、何度も名前を呼び合う。クラリスはステファンを優しく包み込むように抱き寄せた。火照った体が密着し、呼吸と鼓動が重なってゆく。胸に顔をうずめると、どこか安心したようなため息が耳にかかった。 「クラリス。貴方のすべてが……僕の宝物です」 ステファンの指が、クラリスの髪を撫で、背中をそっとなぞる。確かめるような、慈しむような手つきに、自然と力が抜けていった。 「僕……もう、我慢できないかもしれません」 「我慢なんてしなくていいですよ。……今だけは、素直になってください」 小さな声で囁くと、ステファンはクラリスを抱き竦め、額を重ねた。二人の距離はもう、どこにも逃げ場がないほど近くなっていた。 腰の動きが早くなる。吐息が混じり合い、時間の感覚すら曖昧になる。クラリスの耳元に、ステファンの甘く掠れた声が何度も零れ落ちていった。 「クラリス、……僕、もう……」 「いいですよ。全部、私に預けてください」 指を絡め、唇を重ね、ふたりの世界に溺れていく。愛しさと快楽が波のように押し寄せてきた。やがて、ステファンの動きは止まり、すべてが溶けるような静けさに包まれた。 クラリスがそっとステファンの額に口づける。肩で息をするステファンが、幸せそうに目を細めた。 「ありがとう……夢を見ているみたいだ」 毛布をかけ直し、互いに体を寄せ合う。──それは、確かな絆を刻んだ、記念すべき夜だった。 ステファンがそっと顔を上げる。名残惜しげにクラリスの頬を撫でながら、少し困ったような微笑を浮かべた。 「クラリス……僕ばかり満たされて、ごめんなさい」 「え?」 「僕だって……貴方の気持ち良さそうな顔、見ていたいんです」 真剣な眼差しに、クラリスは思わず息を飲む。すぐに視線を逸らしそうになるが、ステファンの両手が許さなかった。頬を挟まれて見つめ合う。 「本当に……優しいのですね」 「優しくなんかないです。僕は……欲張りなんです。貴方を、もっと知りたい」 ステファンの手が、そっとクラリスの一物に触れた。その指先に、ただの欲ではない、確かな愛情が宿っていることが伝わってくる。 クラリスは小さく頷き、ステファンの望みを受け入れた。 「クラリス。僕は、貴方のすべてを愛しています。過去も全部。だから、共に未来へ進んでいただけませんか?」 首を横に振る理由は無かった。快楽の波の中で頷きながらステファンにしがみつく。噴き出したそれは、至るところに飛び散り、二人の体を汚した。ステファンは顔についたそれを指に絡めて舐め取る。クラリスは恥ずかしさに顔を赤らめた。 「可愛い、僕のクラリス。もう離したくない」 気がつくと、ステファンの一物は硬さを取り戻していた。 「もう一回……挿れますか?」 クラリスが問いかけると、嬉しそうに頷く。──二人の夜は、もうしばらく続いた。

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