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初夜(4)
夜明けの気配が、密やかに山小屋を包み込み始めていた。まだ鳥たちの声も遠く、世界は静けさに沈んでいる。
クラリスは眠れずに、ステファンの体に寄り添っていた。軽い寝息が聞こえてくる。幸せな余韻。けれども、一方で引き返せないところまで来てしまったと痛感する。
“鬼の王は、未来のために妃を娶らなければならない”
そんな言葉が重くのしかかってくる。分かっていた。それでも、愛に身を委ねていたかった。
ステファンの頬に、そっと指を添える。まつげが震え、ゆっくりと目が開く。まだ眠たげな瞳に光が差し込んだ。
「……クラリス?」
「申し訳ございません。起こすつもりはなかったのですが……じきにエルネスト様が迎えに参られます」
右腕として、忠義として──努めて穏やかに言う。ステファンはクラリスの頬に触れ返し、まっすぐに見つめた。
「クラリス。僕は……決めました。王として生きます。国を背負い、運命を受け入れる覚悟です」
静かだが、確かな響き。未来に怯えて泣いていた青年の影はもうない。そこにいたのは、責任を負うことを選んだ王の姿だった。
クラリスは、胸が張り裂けそうだった。泣いてはいけないのに、むしろ祝福しなければいけないのに、涙があふれ出す。ステファンは優しく抱き寄せた。
「泣かないで、クラリス。誰と結婚しても、本当に愛しているのは貴方だけです」
唇が重なる。名残を惜しむように額が触れ合い、互いの体温と想いが交差した。クラリスは、目を伏せて小さく頷く。
「はい。たとえ影であっても、貴方を支えます。……貴方が、私を望む限り」
ステファンの腕がさらに強くクラリスを引き寄せた。
「ずっと、そばにいてください。それだけが……僕の願いです」
その言葉に、クラリスは微笑んだ。目元にはまだ涙が残っていたが、心は少しだけ軽くなったような気がした。
「ええ。何があっても、貴方の味方ですよ」
再び唇を重ねた時、東の空に淡い光が広がり始めていた。春の訪れと共に、二人の未来もまた、静かに幕を開けようとしていた。
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