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花冠(1)
それから程なくして、クラリスとステファンは城下町で一緒に暮らすようになった。器用なクラリスが、不器用なステファンを甲斐甲斐しく世話する日々。一方で、クラリスにとっては頼もしくて前向きなステファンが心の支えになっていた。
ステファンは口癖のように呟く。
「僕たち、本当に結婚したみたいだね」
そのたびに、クラリスは儚げに微笑むのだった。
復興は着実に進み、日毎に新しい城が形を為してゆく。一方で王妃選びも大詰めを迎え、復興を支援してくれる東の隣国の王女に、ほぼ絞られた。
クラリスも特使として、何度か顔を合わせたことがある。まだ幼さは残るものの、誇りと気高さを持つ少女。ステファンの相手としては申し分なかった。けれども、それは二人の暮らしが終わりに近づいている前触れでもあった。
体を交えるたびに、ステファンは大きくため息をつく。口には出さないが、結婚して王になることに怯えているのだろう。クラリスの体を抱きしめながら
「僕は貴方を離しません」
と、自分に言い聞かせるように繰り返す。クラリスもそっと抱き返し
「私はステファンのそばにずっといます」
と、答えるのだった。
*
そして、王妃を迎えられるほど城が完成した頃、ロボアールは廊下でクラリスを呼び止めた。
「クラリスよ。王子と仲睦まじいようだが、分かっておるな?」
何を言わんとしているのか、クラリスには痛いほど分かっていた。
「充分に承知しております」
そう言って、恭しく頭を下げる。
「くれぐれも王子を惑わさぬように。やっと決心してくれたのだからな」
ロボアールが立ち去ると、クラリスは肩を竦めた。覚悟していたとはいえ、いざ現実となると寂しいものがある。けれども、それは最初から分かっていたこと。そして、その道を選んだのは自分だ。
そこへ、エルネストが声をかけてきた。山賊だった彼も、今では鬼の国の要職に就いている。
「おい、あの爺さんに何て言われたんだ?」
心配そうな表情。クラリスは努めて明るく返した。
「戴冠式や結婚式の準備をするよう命令されたのです。もう、城も完成しましたから」
おそらく、あと数日もすればその時を迎えるだろう。ステファンと一緒に過ごせるのも残り僅かだった。
エルネストはクラリスの両肩を掴んだ。
「クラリス。おまえ幸せか?」
真剣な眼差しに、思わずクラリスは目線を逸らしてしまう。
「……幸せですよ。王子は優しくしてくれますし、私の自由に生きていられるのですから」
「どこが自由なんだよ。がんじがらめじゃないか」
決して体の自由を言っているのではない。心の自由について言っているのだろう。エルネストは人目を憚らずにクラリスを抱きしめる。周りの兵士や侍従たちが息を飲むのが聞こえた。
「今からでも遅くない。俺と一緒になれ。そして、二人で山賊に戻ろう」
クラリスの心に風が吹き込む。ベルネアに乗って自由に暴れまわる世界。確かにそれも胸を弾ませるだろう。けれども、それでは永遠にエルネストの稚児のままだ。果たして自分は幸せだろうか。
クラリスはエルネストの頭を優しく撫でる。
「心配してくれてありがとう。けれども、私はこの生き方を選んだのです」
そう、選んだのは自分。だから、どんなに辛くても悔いはなかった。エルネストはがっかりした顔をして去ってゆく。そこへステファンが現れた。
「エルネストに何をされていたのですか? 侍従から報告を受けて、駆けつけました」
よほど慌てていたのか息が切れている。
「仕事が大変だと相談してきたのです。私から抱きしめて、慰めてあげました」
そう答えると、ステファンは拗ねた顔をする。
「あまり僕以外には優しくしてほしくない」
ぶっきらぼうに、クラリスの手を掴んで歩き出した。向かう先は執務室だろう。そして、自分を荒々しく抱くのだろう。ロボアールに怒られるのを覚悟しながら、クラリスは甘い予感に胸がときめくのだった。
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