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第13話 ループの真相エピソード①
俺は、王都の外れにぽつんと建つ、森の手前の小さな屋敷で母と暮らしていた。
父は国王。だがそれを声高に語ったことはない。
俺が王の子であることは、王宮のごく限られた者しか知らなかったし、
知っていても、誰もそれを口にすることはなかった。
母は王の寵愛を受けた妾のひとりだった。けれど、王妃にとっては存在そのものが疎ましかったのだろう。
俺が生まれて間もなく、母は王宮を離れることを余儀なくされた。
「これは追放じゃない。あなたを守るためよ」
そう言って母は微笑んだが、その目は疲れていた。
母の姓を名乗るよう言われたのも、その頃だった。
王の血を引いていても、名を告げればそれだけで、敵を増やすこともある。
けれど、俺たちは生きていた。王宮からは密かに支援が届き、
見えない誰かの庇護の下で、ささやかに、しかし平穏に過ごしていた。
その平穏が終わりを告げたのは、俺が十五になろうとする頃だった。
母が倒れたのは、初夏の雨が続いた年だった。
熱にうなされ、瘦せ細っていくその姿を、俺は何もできずにただ見ていた。
「王の子としてではなく……ただの、あなたの母でいられて……幸せだったわ」
最期にそう言った母の手は、骨のように冷たくて、
俺は何かを叫びたかったのに、声が出なかった。
それから、ぽっかりと空いた家の中で、
毎日、皿を一枚、割っては片付ける──そんな日々を繰り返していた。
誰にも咎められず、声もかけられず、
俺の存在は、風の音にすら無視されているようだった。
そんなある日、王宮からの使いがやってきた。
「──王の命により、王都に戻るように」
まるで、それが当然のように。
何年も見向きもしなかった父が、今さら何の用か。
「……理由は?」
「王子としての責務を、果たしていただくためです」
王子? 俺が──いまさら?
ふと視線の先に咲く赤い花に、母の面影を見た。
花そのものに興味はなかったはずなのに、これだけは違う。この手で育てた花を、誰にも見せられないまま死なせたくなかった。
だから俺は、王都へ向かう馬車に乗った。
過去も、痛みも、母の名も、すべてを胸に沈めて。
***
王宮の空気は、想像していたよりもずっと冷たかった。
美しく磨かれた大理石の床も、光を受けて輝く装飾の数々も、
まるで誰かの栄光を誇示するためにあるようで、
ここには、俺の居場所なんて最初から無いと、そう告げているようだった。
謁見の間の扉が開く。
視線の先には──三人。
そのうちの一人は、すぐにわかった。
あの瞳の色、睫毛のかたち、あの佇まい。
(……君が、リュシアン)
面影がある。
忌々しいほど、よく似ていた。
俺と、そして“あの人”に。
けれどその隣にいる二人は、もっと王族らしかった。
堂々とした姿勢、手入れの行き届いた衣服、柔らかな物腰。
疑いようもなく、王宮という場所に「ふさわしい」存在。
(──これが、選ばれた王子たち。俺からすべてを奪って、“本物の王子”として育てられた者たちか)
喉の奥が、焼けるように熱い。
けれど、それを表に出してはならない。
今ここで感情を見せたら、笑われるのは俺の方だ。
だから、俺は微笑んだ。
教養のない道化を装って。
「……レオといいます。よろしくお願いします」
リュシアンが、少し驚いたような顔をして、すぐに微笑み返してきた。
無邪気に、あたたかく──何も知らない子供のように。
それが、ひどく遠く感じた。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、決して交わらない水と油のように。
俺は、そのまま静かに、背筋を伸ばしたまま彼らの前に立ち尽くしていた。
***
泣けば駆け寄り、困れば即座に駆けつけ、熱を出せば朝まで看病。
それが王子のやることかよ、と言いたくなるくらい、リュシアンはまるで忠犬のように俺に付きまとった。
最初は、ただ面倒だった。
無碍にもできず、仕方なく相手をしていただけ。
適当に褒めれば喜び、黙っていれば気を遣われる。
……けれど、最近になって気づいてしまった。
ほんの一言で、いや、ちょっと笑ってやるだけで、こいつは嬉しそうに尻尾を振る。
(まるで……叩けば音が鳴る、安っぽい玩具だ)
そう思ったら、試したくなった。
「兄さん、今日も馬の手入れ、付き合ってくれますか?」
「もちろん!」
即答だった。目がきらきらしてる。
……なんなんだ、こいつ。
「兄さん、剣の構え、直してくれませんか?」
「……ああ、任せてくれ!」
きらきらした瞳に、やたらと張り切った声。
その反応が、いちいち真っ直ぐで、ちょっと面倒で――でも、憎めない。
(なんだよ、それ)
思わず、口元が緩んだ。
俺の一言で振り回される“本物の王子”。
それがなんだか可笑しくて、妙に――いや、やたらと愉快だった。
俺が何かに興味を示せば、彼は王族の誇りもどこへやら、目を輝かせて食いついてくる。
乗馬だろうが、的当てだろうが、庭に咲いた珍しい花の話だろうが――。
(……こんな王子、他にいるのか?)
内心では何度も溜息をついた。
けれど、それを顔に出すことはない。
笑顔を浮かべるのも、相づちを打つのも、今では慣れた所作のひとつ。
「兄さん、ありがとう」
とでも言えば、リュシアンは心底嬉しそうに笑う。
……まったく。
どちらが年上なのか、わからなくなる。
でも――あの笑顔を見れば、さすがに、少しだけ罪悪感も湧く。
こんな俺に、どうしてそこまで懐くのか。
それともただ、“血”がそうさせているだけなのか。
答えは出ないまま、俺は今日も、王子の“弟”を演じている。
***
「珍しい花があるんだ」
リュシアンにそう告げられた時点で、逃げ場はなかったのかもしれない。
花なんて興味ない。なのに、彼のその目が――拒絶を許さなかった。
俺は半ば強引に、温室へと連れ出された。
五年に一度、たった一日しか咲かない――そんな花らしい。
その花を見つめながら、リュシアンが言った。
「この花、ルミエールっていうんだって。花言葉は『家族の絆』『永久の幸せ』」
「……」
「……って、庭師の受け売りだけどね」
俺はただ黙って、その大きく咲いた――どこかサボテンを思わせる花を見上げた。
「五年後も、一緒に見に来よう」
笑いながらそう言った彼の声が、どうしてか妙に胸に残った。
五年後も、当然のように俺が隣にいると思っているのか。
そう思った瞬間、心の奥に、小さな綻びのようなものが生まれた。
それがなにか、まだうまく言葉にできない。
俺はただ、花を見つめ続けていた。
温室の奥で、ふと足が止まる。
母が好きだった花が、そこに、静かに咲いていた。
胸の奥がじんわり熱くなり、気づけば涙がこぼれ落ちていた。
その瞬間、リュシアンが息を呑み、固まったのがわかった。
「……泣き顔が……尊い……」と小さく呟いた声が聞こえた。
俺が涙を隠すように顔を伏せると、そっと肩に手が乗った。
「大丈夫……泣いていいよ」
優しい声が降ってくる。
「……俺しか見てないから」
は?って顔を上げたら、リュシアンも瞳に涙を溜め鼻を啜っていた。
その潤んだ目に、喉がひりつく。
「なんで泣いてるんですか……」
声が震えていたのは、たぶん気のせいじゃない。
胸の奥が、熱くて、息がうまくできない。
「だって、レオが泣いてるから……」
そう言って、差し出されたのは、真っ白なハンカチ。
それはまるで、彼の純粋さそのものを象徴するようで。
戸惑いながらも受け取ると、彼は自分の涙を手の甲でぬぐいながら、
「ごめんね、それ使って……」と優しく言った。
その言葉が胸にじんわり染み込んで、どうしていいかわからず、俺はただ静かに彼を見つめた。
夜。明かりを落とした部屋で、ベッドに腰を下ろす。
手にしていたのは、あの白いハンカチ。
こんなもん、普通なら――捨てる。
でも、俺にはできなかった。
胸が締めつけられるのに、手放せない。
なんでだよ。わかんねえ。
「……バカみたいだな、俺」
そう呟きながら、布をそっと胸に押し当てた。
心臓の鼓動が、やけにうるさく聞こえる。
***
馬房の掃除中、乾いた草の匂いにまみれながら、俺と兄さんは黙々と作業していた。
いつもの静かな時間――になるはずだった。
「リュシアン殿下!……っと、第四王子殿下」
声の主は、休憩中のアレクシスだった。
俺は顔を上げると、彼の笑顔と、ほんの一瞬だけ俺に向けられた「おまけ扱い」の視線を受け取った。
(は?なに今の間。はいはい、どうせ俺は邪魔者ってわけね)
「殿下自ら馬の世話をなさるなど……ああ、ここの馬たちは、なんと幸せなことでしょう!」
「いや、馬が可愛いからね。――ところで、アレクシス。この前の剣技会、見事だったよ。さすが、次期騎士団長候補だね」
さらりとした褒め言葉に、アレクシスは目を見開いた。
驚きと喜びが入り混じった表情で、勢いよく跪く。
「はっ……光栄の極みにございます!
このアレクシス、今後とも殿下の剣となり、盾となりましょう!」
そして当然のように、兄さんの手を取って口づけた。
王子にとって、騎士の忠誠のキスなんて形式的なもんだ。
そう思おうとして、俺はちらりと兄さんの表情を横目で盗み見た。
リュシアンは――慌てて目を泳がせ、耳まで真っ赤になっていた。
(……は?)
(なにそれ、なんで照れてんの?)
胸の奥がきゅっと痛む。なんだこれ。
言葉が勝手に口から出た。
「……さっき兄さん、馬糞 の掃除してましたよ」
アレクシスが一瞬だけ眉をひそめた。兄さんが「レオ……」と困ったような声を出した。
それでも俺は知らん顔で、ほうきを手にしたまま藁くずを蹴った。
(……なにが剣となり盾となりましょう、だよ。調子乗んな。兄さんの側は、俺の場所なんだから)
こんな感情、どう処理していいかわからない。
ただ、たった今――
俺の中の「兄さん」が、もう「ただの兄さん」じゃなくなったんだって思った。
その日は、ジークと兄さんと俺、三人での訓練場にいた。
元々、兄さんとふたりで稽古していたはずだった。
そこへふらっとやってきたジークが、軽いノリで輪に入ってくる。
「おっ、リュシアン、今日も剣さばき切れてんなー! 俺も混ぜてくれよ!」
「ジーク……別に、いいけど」
兄さんはいつも通りの調子で頷いた。
そりゃそうだ。
ジークとは小さい頃からの付き合いで、稽古仲間でもある。
……でも、俺は。
(またかよ)
そんな風に、心のどこかで舌打ちしていた。
それでも無視するつもりだった。兄さんに不機嫌な顔は見せたくなかった。
けれど――
「おいレオ、ちょっと後ろ下がって! リュシアンは俺が守るんで!」
ジークがからかい混じりにそう叫び、兄さんの肩にがっつり腕を回した、その瞬間だった。
バチン、と何かが弾ける音が、頭の中で響いた。
(……は?)
「……おまえが守るって、何様のつもりだよ」
「え?」
思わず口に出た俺の言葉に、ジークがきょとんとした顔をする。
兄さんが慌てて間に入ろうとするのが、視界の端で見えた。
けれど、もう止められなかった。
「さっきからベタベタ触んな。兄さんが嫌がってんの、気づけよ」
「え、えっ? ご、ごめん、リュシアン。俺……?」
ジークが焦る声で兄さんに振り返る。
兄さんは困ったように笑って、「ジークに悪気はないよ」と言ってくれる。
その言葉が優しければ優しいほど、胸の奥が焼けるように痛んだ。
(俺……何してんだ)
目の前で、兄さんが別の男に触れられて、笑っている。
その笑顔はどこか柔らかくて、自分が見たことのない顔で。
どうしてだろう――胸の奥が、ざわついて、苦しくなる。
その光景に、息が詰まりそうだった。
そしてようやく、気づく。
(……俺、兄さんが他の奴に触れられてるの、見るのが嫌なんだ)
妬ましくて、苦しくて、ぜんぶ壊したくなるくらいに。
(……兄さんのこと、そんな目で見ちゃダメなのに)
でももう、止められなかった。
俺の中で何かが決定的に変わってしまったのを、自分でもはっきりわかった。
稽古のあと、ひとり部屋に戻ると、
無意識のように机の引き出しを開けていた。
そこには、真っ白な――
兄さんが昔、泣いた俺に差し出してくれた、あのハンカチがある。
誰にも見せたことのない、
俺だけの、兄さんの“痕跡”。
そっと手に取り、鼻先に近づける。
「……まだ、ちょっとだけ、残ってる」
あの日のあたたかい香りと、優しい記憶。
(……あんなふうに笑って、触れて。
ジークなんかに、そんな顔、見せないで)
胸が詰まって、呼吸がうまくできない。
酸素が足りない。だけど――
(どうして。どうして俺じゃ、ダメなんだ)
握りしめたハンカチが、くしゃ、と指の熱に耐えて震えた。
「兄さん……」
その名を口にした瞬間、
堰を切ったように、心の中から溢れ出す。
(兄さん、兄さん、兄さん……)
誰よりも、何よりも、大切で、
誰にも渡したくなくて、
世界のどこにも行ってほしくなくて。
(兄さん、兄さん、兄さん……兄さん……)
――呪いじゃない。祈りだ。
俺を見て。俺だけを見て。
それだけでいいから。
***
「兄さん、今日の剣の稽古、付き合ってくれるよね?」
夕食を終えて、兄さんが書斎へ向かおうとするタイミングを狙って、声をかけた。
軽く前に出て、進路をふさぐように立つ。
――さりげなく、でも逃がさないように。
「……ああ。いいよ。中庭で?」
「うん。待ってるから」
笑ってみせた。できるだけ、自然に。
けれどその胸の内では、期待と不安がせめぎ合っていた。
(今日こそ、気づいてもらう)
中庭には、ひと足先に着いた。
木剣を手にしながら、月を仰ぐ。
風が少し冷たい。でも、掌は熱い。胸の奥も、熱い。
やがて、兄さんの気配がした。
「構えて、兄さん」
「……なんだか今日は、やけに気合い入ってるね」
「うん。ちょっと……ちゃんと、見てほしいから」
(俺が、どれだけあなたを想っているか)
(どれだけ、“弟”のままじゃ嫌なのか)
それくらい、察してよ――そう思いながら、踏み込んだ。
いつもより、距離を詰める。
構えの隙を見て、顔を近づける。
目が合った。逸らさない。
同じ高さの目線で、真っすぐに見つめる。
「兄さん、顔、赤いよ?」
「……そ、そんなこと……ない」
その反応に、胸が高鳴った。
「そう? じゃあ、もっと近くで見ても大丈夫だね?」
一歩、さらに詰めて、耳元へ。
「だって、兄さんが俺を“男”として見てくれないから。……こうでもしないと、気づいてくれないでしょ?」
ほんの一瞬の沈黙――そして、
「……っ、今日は終わり! ごめん、俺、もう部屋に戻る!」
ひどく慌てた様子で背を向けて、逃げていった。
驚いたけど、追わなかった。
代わりに、その背中を静かに見つめながら、胸の内で呟く。
(……逃げた、ってことは)
兄さんの中で、何かが動いたってことだ。
部屋に戻って、窓辺に立つ。
薄いカーテン越しに月明かりが差している。
「……でも、逃げたってことは……ちょっとは、効いたってことだよね」
口元に浮かんだのは、どこか確信めいた笑み。
けれどその奥には、ずっと押し殺してきた想いが渦巻いている。
(気づいて。兄さん。俺の全部に)
あの日から、兄さんが――リュシアンが、俺とまともに目を合わせてくれない。
話しかければ、ほんの少しだけ目を泳がせて、それからすぐ逸らす。
稽古も「忙しいから」と断られた。
食事の席でも、隣に座るとすぐに誰かを間に挟もうとする。
わかりやす過ぎて、笑ってしまうくらいだ。
でも、きっと兄さんは気づいてない。
俺がもう“弟”でいられなくなってるってことも、
あの夜、本気で触れたかったのをどうにか抑えたってことも。
あれは、ただの稽古じゃなかった。
俺なりの――挑戦だったんだ。
書庫の扉が、静かに閉まる音。
それは“決意”の音だった。
兄さんが、ここにいる。
誰にも邪魔されず、俺とふたりきりで。
視線を上げた兄さんと、目が合った。
その顔を見ただけで、胸の奥が、ギュッと痛む。
この人のすべてが、俺の感情をかき乱す。
(もう……やめよう、隠すのは)
「兄さん」
俺の声に、一瞬たじろぐようなその目。
怯えと困惑と――でも、そこに微かに滲んでいたものがあった。
期待。
「な、なんだい? 兄さんは今、読書に勤しんでるよ?」
苦し紛れの言い訳。
わかってる。兄さんは、俺が変わったことに気づいてる。
でも、逃げようとしてる。
(それは……させない)
スッと手を伸ばして、兄さんの手元から本を取り上げた。
「本なんかより、俺を見てくれない?」
震えてる。俺の指先も、声も。
でも、止められない。
このままじゃ、何も始まらない。
何度も、何度も諦めかけた。
でも――兄さんを誰かに渡すくらいなら、俺が壊れてしまったほうがマシだった。
「レオ……?」
震えた声。
でもそれは拒絶じゃない。困惑。動揺。揺らぎ。
「……兄さん、最近よく逃げるよね」
「いや、そういうわけじゃ――」
「じゃあ、今も目をそらさないで」
一歩、踏み出す。
兄さんのすぐ傍へ。
まるで触れそうな距離。
俺の熱が、この人に伝わってほしいと願う。
「俺、ずっと……兄さんに好かれたくて頑張ってきた」
言ってから、呼吸が止まりそうになった。
でも、ここで引いたら、もう永遠にこの距離は埋まらない。
「……違う。弟としてじゃなくて、男として」
兄さんが息を呑んだのが、わかった。
(届いた……俺の本気が)
「やっぱり、俺のこと、男として見るの……無理?」
切ない顔を見せるのは、少しだけズルい手。
でも、それでもいい。嘘じゃない。これは、本音だから。
兄さんは、しばらく沈黙して――
それから、震える声で、でも確かに言った。
「……レオのこと、す、す、好きだ……よ……?」
時間が、止まった。
嬉しくて、信じられなくて、でもずっと願っていた言葉。
「……うん、知ってた」
本当に?と訊かれたら、嘘だ。
ずっと怖かった。叶わないって思ってた。
でも、信じたかったんだ。兄さんの優しさを。
俺の想いを、ちゃんと受け取ってくれる人だって。
「俺も兄さんが好きだよ。最初から、ずっと」
そのまま、そっと頬に手を添えて――唇を重ねた。
ほんの一瞬のキス。
でも、世界が全部ひっくり返るような、初めての感覚だった。
兄さんの体が、俺の腕の中にすっぽりと収まる。
「……これからは“恋人”って呼んでもいい?」
言った後の兄さんの反応が、愛しすぎて。
「あ、ああ、もちろん!!うれ……し……っ、うわぁあああ!!」
泣きそうな顔で俺に抱きついてくるから、こっちのほうが爆発しそうだった。
(こんなにかわいい人を、他の誰かに渡すわけないじゃん)
これから先、何があっても守るって決めた。
兄さんの全部――泣き顔も笑顔も、寝癖すらも、俺がぜんぶ愛するって決めた。
だって俺は――
兄さんに、本気で恋してるから。
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