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第19話 Re:ゼロから始めるとんでも執事との新婚旅行②

黄昏の国、倭華(わか)――。 突然レオに呼び出され、飛行艇に乗せられて辿り着いた先は、常に夕暮れが続く、どこか夢のような国だった。 コモコ族のモコに出会い、懐かしい香りに満ちた屋台を歩き、レオと二人で、天橙に願いを託して空へと見送った。 まるでゲームのイベントをなぞっているようで、けれどこれは確かに“現実”で。 満ち足りた気持ちのまま温泉に浸かり、柔らかな布団に身を沈めた瞬間―― 俺の意識は、心地よいまま、ふっと闇に溶けていった。 そして―― 「おはようございます、兄さん」 ふわりと降ってきた声に、俺はまぶたを開いた。 「朝!?」 俺は布団の中で飛び起きた。 「今、卯の刻です。要するに朝ですね」 レオは既に身支度を整え、まるで朝礼五分前の執務モードだった。 「本日は倭華王陛下との謁見がありますので、朝食の後、こちらに着替えてください」 レオが差し出してきたのは、深い藍色を基調とした倭華の民族衣装だった。柔らかな絹布に、細やかな金糸の刺繍が施されていて――見るからに高級そう。 「え、俺これ着るの……?」 思わず手にとって広げてみると、意外にも軽やかで肌触りがよく、どこか懐かしさを感じさせる温もりがあった。 「よくお似合いになると思います。……王陛下も、きっと喜ばれますよ」 「……おまえのその“きっと”って、ほぼ確実って意味だろ」 食事を済ませ、身支度を終えて宿の玄関へ向かうと、すでにモコが尻尾をぴこぴこと揺らしながら待機していた。 「おはようですにゃ~、殿下。倭華の伝統衣装、よくお似合いニャ!」 「ありがとう。……もしかして、モコが用意してくれたの?」 「もちろんニャよ! モコ、殿下にいちばん似合うやつ、選んだんだからニャ〜!」 誇らしげに胸を張るモコ。小さな体でちょこまか動きながらも、仕事は本当にしっかりしている。 「では参りましょう。王陛下がお待ちです」 倭華の朝廷―― 和のようでいて、どこか中華風の荘厳な建築が並び立つその一角。石畳の道の先、重厚な朱塗りの門扉の前に、俺たちはモコの案内でたどり着いた。 門番の兵士たちが、無言で整列している。空気がぴんと張り詰めていて、さっきまでの屋台通りとはまるで別世界だった。 「ここが、謁見の間ニャよ。王さまはもう中でお待ちニャ」 そんな俺の背後から、レオがすっと前へ出る。そして俺の肩に手を置き、真顔でこう言った。 「いいですか、兄さん。くれぐれも余計なことは言わないでくださいね」 「え、なんか言うつもりで来たみたいになってない!? ていうか何か言ったらどうなるの!? 具体的に!?」 「……外交関係が、一つ、終わります」 「重ッッ!!!?」 「ご安心を。兄さんはそこに立って、笑っていればいいんです。笑顔で、穏やかに。後は俺にお任せください」 「俺、しゃべっちゃダメなの!? なんか、だんだん役職が“観光大使”じゃなくて“展示物”っぽくなってきたんだけど!!」 レオは口元だけで、くすりと笑った。 「安心してください。展示物でも、世界一美しいものなら、王陛下は喜んで歓迎してくださいますよ」 「褒めてんのか黙らせにかかってんのか分かんねえ!!」 そんなやりとりに、モコが「ニャふふ」と笑いながら門の前で合図を送る。重厚な門扉が、ゆっくりと、荘厳な音を立てて開かれていった。 ――いよいよ、倭華王との謁見が始まる。 門が音もなく開かれた瞬間、冷たい空気が肌を撫でたような気がした。 そこに広がっていたのは、まるで絵巻物のような厳かで静謐な空間。 中庭を横切り、長い廊下を歩いて、俺たちはやがて、玉座の間とおぼしき場所にたどり着いた。 (王との謁見なんて、ゲームにはなかったぞ……っ!) (うう、緊張する……! なんか俺、今とんでもないイベントに巻き込まれてる気がする……) 足音が反響する広間の中央、そこに座していたのは―― 白銀の毛並みを持ち、静かに揺れる長い耳を携えた、どこか幻想的な雰囲気の若き王。 (え……同い年くらい……? いや、俺より年下かも? なのに王様なの……!?) 思わず、レオの横顔を見やるが、彼は涼しい顔で歩を進めていた。 王は、首元から肩、そして腕へと続く白い毛皮を纏い、その全身から湛えられる落ち着きと威厳が、見る者の心を静かに支配していた。 その顔立ちは整っていて、しかし気品に溺れることなく、どこか温かな眼差しを湛えている。 「モコ、案内ご苦労だったね」 「にゃ〜、らくしょーニャよ〜!」 いつもの調子でぴょこっと一礼するモコ。この場で浮かないのは彼(彼女?)だけかもしれない。 「倭華王陛下、お目にかかれて光栄でございます」 レオが片膝をつき、恭しく頭を垂れる。 「こちら、ヴァレシュタイン国第三王子、リュシアン・ラグランジュ殿下にございます」 慌てて俺も、レオの真似をして膝をつきかけるが、 「兄さんは立っていてください」 と、レオにそっと制止されて戸惑う。 その時――ふわりと柔らかな声が、玉座から響いた。 「こんにちは、リュシアン殿。遠い異国の地から倭華へようこそ。この国を治める――白沢(はくたく)と申します」 その穏やかな声音と落ち着いた物腰に、俺は思わず背筋を正した。 (白沢……!? ゲームや漫画でお馴染みの、あの白沢様!?) 思わず内心で叫んでしまう。 白沢――麒麟と並んで、古代中国から伝わる神獣。万物の知識を持ち、日本でも陰陽道や厄除けの御守として知られ、今もなお信仰の対象となっているその名を冠する存在が、今、俺の目の前にいるなんて……! 白沢様は、こちらの動揺には気づいていないのか、はたまた全部わかったうえで受け流しているのか――ふわりと微笑んだ。 「倭華は気に入ってもらえたかな?」 その微笑みは、まるで夕暮れの光そのもののように穏やかで、俺の中の警戒心をふわっと溶かしていくようだった。 (な、なんか……優しい!? いやでも、この余裕……さすが“白沢様”ってことなのか……!) 続けて言葉を返さねばと思ったが、喉がカラカラに渇いて、すぐには声が出なかった。 レオがさりげなく一歩前へ出て、言葉を継ごうとする……が、その前に俺は、なんとか言葉を絞り出した。 「あ……はい。街の活気も、食べ物も、素晴らしかったです」 「ふふ。よかった。……ごめんね。本当はもっと盛大に出迎えようと準備してたんだけど、君の執事殿に『殿下は恥ずかしがり屋なので』って言われてね。モコだけ遣わしたのはそのせいなんだ」 「えっ……」 思わず、驚きの声が漏れた。 (え、ちょっと待て……レオ!?!?) 横目でちらっと見ると、レオはいつものように涼しい顔で微動だにしていない。まるで「何か問題でも?」とでも言いたげに。 (……やっぱり、わざと俺とのんびりできる時間を確保したんだな!?) 「兄さんの“初めて”は、静かな時間の中で一緒に過ごしたいので」 ……なんて、あの口調でしれっと言われそうで、危うく喉まで出かけたセリフを、なんとか飲み込んだ。 俺はそっと顔をそらし、ため息をつく。 (……もう、負けた。勝てる気がしない) 「……モコは案内役としては、少し賑やかだったかもしれないけど、気に入ってもらえたなら嬉しいよ」 白沢様の言葉には、からかいも押し付けがましさもない。ただ、水が染み込むような自然な優しさがあった。 俺はその温かさに気恥ずかしさを覚え、思わず視線を落とす。 「……その……ご配慮、感謝します」 (あとで絶対、レオに文句言う……!!) その横で、モコは誇らしげに胸を張っていた。 「――ふふ、では本題に移ろうか。そちらの要望については、すでに把握しているよ。交易の詳細については、我が国の交易長と直接話を進めていただけるかな?」 そう言って、白沢様が手を軽く振る。 その合図と同時に、奥の襖が音もなく開き、ぽて、ぽて、ぽて……という小さな足音が響いてきた。 「お初にお目にかかりますニャ……」 現れたのは、立派すぎる白い猫ひげと、目が隠れるほどもっさりした白い眉毛、そして背筋だけはやけにシャキッと伸びた――コモコ族の老猫獣人だった。 「倭華交易長、モコミチと申しますニャ」 「モ、モコミチさん……?」 「モコのじいちゃんですニャ。モコじいって呼んでもいいニャよ」 後ろから、例のガイド猫・モコがぴょこっと顔を出して補足する。どうやら親戚というか、直系の祖父らしい。 「……あれ、でもおじいさん、眉毛で前見えてます……?」 「心眼ですニャ」 「心眼!?」 「取引相手の“腹の底”を見るには、心の目が一番ですニャ〜」 「えっ怖い怖い怖い!!」 「リュシアン殿」 ふいに白沢様が柔らかく口を開いた。 「我が国の交易を束ねるこのモコミチは、こう見えて百年以上、国の商路を守ってきた老猫です。口は悪いですが、交渉相手としては信頼できますよ」 「にゃふふ……心得てますニャ。殿下に不利な契約は、ワシが通させニャいニャ。毛一本のズレも許さない――これがワシの、ういんういん流儀ニャ!」 (ういんういん……Win-Winのことかーーッ!?) ぽてぽてと歩み寄るその姿は、どう見ても「よぼよぼ猫」なのに、なんだか背後に巨大な商人ギルドの影が見えるような……そんな圧を感じてしまった。 「モコじい殿との交渉は、俺がすべてやります。兄さんはその辺で……適当にぶらぶらしていてください」 「……え?」 思わず間抜けな声が漏れた。 まさかの置いてけぼり宣言に、俺が戸惑っていると、白沢様がゆるやかに笑みを浮かべた。 「リュシアン殿。もし暇を持て余すようなら、僕に異国の話を聞かせてもらえないだろうか?」 白沢様はそう言って、ふわりと笑った。 その笑みには、不思議な包容力があって、気がつけば俺は自然と頷いていた。 「お、お話なら……俺、いや私で良ければ、もちろん」 「ありがとう。ちょうど、王宮の東庭に小さな茶館があってね。客人をもてなすときに使うんだ。よければ、そこで」 通された茶館は、風にそよぐ竹と、涼やかな風鈴の音が心地よい、落ち着いた空間だった。白木の柱に赤い絹の布が揺れ、丸卓にはほかほかの蒸し菓子と香り高いお茶が並んでいる。 「……改めて、歓迎するよ、リュシアン殿。こうして異国の旅人と直接語らえる機会は、僕にとってもとても貴重なんだ」 「え、でも白沢様って、あらゆる知識を持ってる神獣なんじゃ……?」 白沢様は「はは」と楽しそうに笑った。 「“知っている”と“聞く”は、似ているようで違うのだよ。万巻の書物より、一人の旅人の声にこそ、真実が宿ることもある。だから僕は――旅人の語る物語が好きなんだ」 まっすぐなまなざしでそう言われて、俺は一瞬、言葉を失った。 (この人……本物の王なんだな) ただ座して国を治めるのではなく、人と、人の想いと、きちんと向き合っている。 「……リュシアン殿」 白沢様は、ふと語りかけるようにこちらを見つめた。 その金の瞳が一瞬、深淵を覗くような静けさを宿す。 「ここは――黄昏の国。あの世とこの世の狭間、夢と(うつつ)が交わる交差点だよ。 本来なら決して重なることのない世界線も、この場所では静かに縒り合い、やがて一本の“運命”として形を成す。 そうして結び直されることで、歪みかけた均衡が保たれているんだ」 「それって……」 喉まで出かかった言葉は、なぜか声にならなかった。 言えば、何かが決定的に変わってしまいそうで――ただ、唇が震える。 白沢様は扇子を閉じると、湯のみを手に取り、静かに一口、茶を啜った。 それから、全てを見透かすような金の瞳で、まっすぐに俺を見つめる。 「……君がここに来たのは、“偶然”ではないんだよ、リュシアン殿。 この世界は……ゲームのようでいて、現実じゃなかった。“記録”だったんだ」 ゆるやかに扇子を戻しながら、白沢様は目を細める。 「君が選ばなかった未来。叶わなかった可能性――それが、この“黄昏の国”には満ちている……、けれど」 言葉を区切るように、白沢様は静かに息を吐き、扇子を軽く開いた。 「君が“彼”を選んだ瞬間、それらは“現実”に変わった。もう、やり直しはできない」 その言葉の重みに、思わず息を呑む。 俺は視線を落とし、胸の奥で何かが静かに鳴るのを感じながら、 白沢様の言葉に真剣に耳を傾け――そして、ゆっくりと、頷いた。 「……でもね。だからこそ、その先にある未来は――本物なんだよ。 ……だから、どうか大切にね。この“終わらない物語”を」 その声に、何か優しいものが宿っていた。 まるで、長い旅路の終わりに手を差し伸べるような、穏やかであたたかな音色だった。 「ところで、リュシアン殿。――君、前の世界では『日本』という国にいたんだろう?」 不意に投げかけられた言葉に、心臓が跳ねた。 「っ……。やっぱり、貴方には見えているんですね」 白沢様はどこか懐かしむように目を細め、ゆったりと微笑む。 「僕は『知の獣』だからね。魂の奥に沈殿した記憶や由来は、風のように匂い立つんだよ。特に君のような、この世界の(ことわり)の外から来た魂は、ひときわ強くね」 「俺、あっちでは……ただのしがない会社員でした。特別な力なんて何もない。地味な毎日を繰り返して、趣味のゲームに明け暮れてただけの……」 自嘲気味に漏らした言葉を、白沢様は静かに否定した。 「……そうかな? 君、推しのグッズを並べている時、とてもいい顔をしていたよ。まるで世界が色彩を取り戻したかのような、輝く瞳で」 「――えっ、ちょっ、バレてた!? ていうか見てたんですか!? なんで!?」 あまりの気恥ずかしさに、顔が火を噴きそうになる。けれど白沢様は涼しい顔で続けた。 「ここは夢と(うつつ)の交差点だからね。記憶のほつれからいろいろと覗けてしまうんだよ。……朝から晩まで、推しのアクリルスタンドに囲まれた部屋で悶えていただろう?」 (やめろ!! 過去の俺を暴くな!!) 扇子を口元に当てて、白沢様はくすりと笑った。 「でもね、そういう卑近な日常の中にこそ、“本当の祈り”は宿るものさ。『このキャラのように生きたい』『あんな世界へ行ってみたい』――。形は違えど、その渇望は魂の奥で、純粋な真実になっていく」 「……」 「君は本気で願っていた。『好き』という感情を、誰よりも信じていた。その祈りの質量が、君をここへ導いたのかもしれないよ」 胸の奥が、不意に軽くなるのを感じた。 虚しいと思っていたあの毎日。でも、確かにあの時の俺を、あの部屋を支えていたのは――間違いなく「推し」への愛だったんだ。 「じゃあ……この世界って、俺の願いが……」 「それは君が決めることさ。僕はただ、世界の『語り部』に過ぎない。けれど……」 白沢様は一際優しく、けれど核心を突くように言葉を重ねた。 「君の魂が切望した場所には、ちゃんと“君という存在を見つけ出す誰か”が待っていた。……そうだろう?」 レオの顔が、脳裏に浮かんだ。何度も出会って、何度も願って、何度も想われてきた気がする、あの執事の横顔。 「君が選んだんだよ、リュシアン殿。繰り返すことを。何度でも、彼の元に戻ってくることを」 「……」 それは、ゲームの“世界観”を超えた、もっと深くてあたたかい何かだった。 やわらかな風が通り抜ける中、俺は白沢様と他愛もない話をしていた。 推しのグッズを巡って、深夜に通販サイトを巡回していたことや、コンビニスイーツに癒されていた日々。 白沢様は扇子を軽くあおぎながら、「それは尊いねぇ」と時折くすくす笑う。 前世の思い出が、まるで遠い夏の夕暮れみたいに、心にふんわりと滲んでいった。 やがて、獣人の側近が静かに歩み寄る。 「失礼いたします、白沢様。モコミチ殿とレオ殿の交渉が、無事に終了したようです」 「ああ、そうか。ご苦労さま」 白沢様は扇子をたたみ、俺のほうにやわらかな目を向けた。 「今日はありがとう、リュシアン殿。おかげで実に有意義なひとときを過ごせた。 ……また、君の前世の話を聞かせてほしいな」 その声音は冗談めいていながらも、どこか本気の響きを孕んでいて、俺は苦笑しながら一礼することしかできなかった。 (前世の話、なんて…… 推し活に給料の大半をつぎ込んで、イベントと限定グッズのために生きてた、ただのヲタ活リーマンの平凡な日常が―― まさか、この国の王様にとって“有意義”だったとはな) 王宮の庭を下っていくと、ちょうど広場の陰から、レオの姿が見えた。 「兄さん」 手には書状らしき紙束を抱え、どこか誇らしげな顔をしている。 「……交渉、終わったのか?」 「はい。すべて問題なくまとまりました。モコミチ殿、かなりの手練れでしたが、兄さんが時間を稼いでくれたおかげで、こちらも冷静に対応できました」 「そ、そうか……おつかれ」 隣に並ぶレオの肩越しに、少し離れた場所でひげを撫でつつ手を振ってくるモコじいの姿が見える。眉毛で目は隠れているのに、どこか満足げだった。 「……あ、そういえば、王様と何を話していたんですか?」 「……いや、まあ、異文化トークとか、人生の話とか……前世のこともちょっと……」 「! ……そうでしたか。兄さんの前世に興味を持たれるとは、白沢様はさすがですね」 「いやそこは……驚けよ。普通」 レオは小さく笑うと、そっと俺の隣に並んで歩き出す。 「……では、そろそろ宿に戻りましょう。帰ったら、今日の思い出話を、聞かせてくださいね」 その声はどこか穏やかで、耳に心地よく響いた。 ――黄昏の国、倭華。 この不思議な場所での時間は、まだまだ俺たちに、新しい“物語”を与えてくれそうだった。 ​宿へ戻る道すがら、レオがふいに足を止めた。 「兄さん、少しだけ……寄り道してもいいですか?」 連れていかれたのは、倭華の土地神を祀った神社のような境内だった。 石畳の参道、朱塗りの鳥居、どこか遠くで鳴り響く風鈴の音。 高台に位置するその場所からは、賑わう倭華の街並みと、夜空へと溶けていく無数の天橙が見下ろせた。 境内には人影もなく、ただ、燃えるような(だいだい)色の空が二人を静かに包み込んでいた。 「ここはかつて、この地で神に“縁”を乞い、結ぶための儀式が行われていた場所だそうです」 そう言って、レオは懐から小さな革箱を取り出した。 中にあったのは、月の光を宿したような銀の指輪。シンプルな意匠の裏側に、ラグランジュ家の紋章がひっそりと刻まれている。 「……兄さん。ここで、二人だけの式を挙げませんか?」 その瞬間、胸の奥がざわりと震えた。 ​(……ああ、そうか。 ゲームの設定では、このシナリオの最高潮(クライマックス)に“騎士の礼を執り、剣に誓う”という華々しいイベントが用意されていた。 決められた台本、ドラマチックな演出、定められた結末……けれど) 目の前のレオは、そんなテンプレートなんて何も知らない。 歪んだ愛も、震えるような懸念も、すべて自分の心だけで紡いで、この指輪を差し出してくれている。 (……ここはもう、誰かが作った物語じゃない。 俺は今、この瞬間、本当に――レオと生きているんだ) 「本当は、もっと相応しい場を整えるべきなのでしょう。でも……俺には、これで充分です。誰に見せびらかす必要もない。ただ、俺と兄さんが“魂を縛り合う”。それだけでいい」 レオの言葉が、混じり気のない熱を持ってまっすぐに届く。 「……レオ。そんなの、反則だろ」 堪えきれずに笑みがこぼれ、俺は力強く頷いた。 「……ああ、誓うよ。俺のすべてでお前を愛し、守り抜くと」 向かい合い、互いの体温を確かめるように指を絡め、指輪を滑り込ませる。 風がそっと祝福するように吹き抜け、無数のランタンが天へと昇っていく。 レオが、慈しむような眼差しで俺を見た。 「この先、どんな時も――俺は、兄さんの傍にいます。たとえ世界が終わり、何度輪廻に身を投げようとも」 「……俺もだよ。何があっても、お前を二度と手放したりしない。……約束だ」 見上げた空には、星を凌ぐほど鮮やかなランタンの灯が、どこまでも続く二人の行く末を優しく照らしていた。 ――そして、世界で一番静かな、けれど何よりも強固な契りが結ばれた。

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