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恋人はツンデレ(デレ抜き) 4
記憶障害。解離性健忘症。いわゆる記憶喪失。
検査したところ外傷はなく、脳の損傷も見られなかったことから強いストレスが原因だろうと。
高いところから落ちたことて強い精神的ストレスを受けて記憶に障害が出るのは、そこまで珍しい話ではないらしい。
順調に回復すれば数週間から数か月で記憶が戻るかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
事故直前の記憶だけが消える場合や、丸ごと消えるという様々なパターンがあり、朝生くんの場合は日常生活には支障がないけれど、人の記憶は自分を含めてないらしいということを聞いた。
ともかく怪我を労わりながら日常生活を送ることで記憶を取り戻していくしかないと聞き、俺は空っぽになった朝生くんと我が家へと帰った。
怪我が大したことないことだけが不幸中の幸いだった。
ともかく、ルームシェアをする友達で通そう。
二人の家だということは誤魔化せないけど、関係性は言わなきゃわからない。いきなり恋人なんて言って驚かせたら余計ストレスをかけてしまうかもしれないし、最悪気味悪がられるかもしれない。ただでさえ複雑なこの状態で嫌われたくはない。
「えっと、どうぞ」
「ここに、二人で住んでんの?」
「うん、ルームシェア」
ミャーと話すときはいつもルームシェアじゃなくて同棲だと言っているから、口を滑らせないように確かめながら答える。ルームシェア。
俺たちは友達。よし、大丈夫。
「高校の時からの友達なんだ、俺たち。あ、そこは朝生くんの仕事部屋。そこがお風呂でこっちがトイレ、ここがキッチンで、リビング」
住人である朝生くんに家の中を案内するなんて変な感じだ。
それでも流れるように説明ながらリビングまで入って……帰ってきたと感じたことで油断があったんだろう。
「で、そこが……あ」
リビングから続く寝室は間を仕切るパーテーションをいつも開けている。その方が広く感じるし、人が来る家ではないから気にしたことがなかった。だからこそ、今さら大変な過ちに気づく。そこに見えているもの、その意味。
「ともだち。友達、ねぇ」
朝生くんの視線の先には、部屋に入れる時にとても苦労したクイーンサイズのベッドがあった。
枕は二つ。そのベッドの他に、寝る場所はない。むしろ寝室にはそのベッドしかない。
「一緒に寝るほど仲のいいお友達だったわけね、俺ら」
俺を振り返り、朝生くんは口の端を上げて含みのある言い方で『お友達』、と繰り返した。
人の記憶はなくても、これを見てどういう関係かを悟る知識はちゃんと持っていたようだ。
ごめん、朝生くん。一瞬でバレました。
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