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初めまして、恋人です。 1
「とりあえず座ってもらっていいか」
「はい……」
しょっぱなからやらかしたミスにへこみながら、言われた通りダイニングの方のイスに座る。記憶のない朝生くんにすでに仕切られている辺り、俺はどう足掻いてもこの顔には逆らえないのだろう。
「まず、名前いい?」
「あ、そうだね。えっと、月夜見蛍です」
向かい合って面接のように名乗って頭を下げると、胸がチクンとした。
今さら朝生くんに向かって名乗るという行為が、本当に記憶がないのだと思い知らされているみたいで少し苦しくなる。
初めてこんな風に名乗ったのは、高校生の時だったか。その記憶も、目の前で口笛を吹くように唇を尖らせる彼にはないのか。
顔は朝生くんのものなのに、作る表情や仕草が違うせいでひどく違和感がある。別人と言うよりか、双子の弟がいたらこんな感じかもしれないという微妙なニュアンス。
「すげー名前。ペンネームとかなにか?」
「いや、本名です。年は24で、朝生くんの一つ下の学年。職業は一応モデルをしてます」
記憶のない朝生くんに対してどういう喋り方をしていいか、敬語とタメ口が混ざる。テーブルの下で組んだ手が自然と動いてしまう。緊張しているのかもしれない。
「はぁーモデル。確かに背高いし美人だもんな。歩き方も綺麗だったし、納得」
「……!」
その緊張に追い打ちをかけるように、朝生くんはしみじみとした口調でそんなことを言った。
その顔でストレートに褒められると、違和感と嬉しさで鼓動が早まる。
だって朝生くんはこんなにはっきりと俺のことを褒めない。顔はよく見られるし触るのも好きだから嫌いじゃないとは思うけど、こんな風に真正面から言われるとどう反応していいかわからない。それぐらい慣れていない。
「照れてる。カワイイ」
その上優しく微笑まれて、より一層耳が熱くなるのを感じた。
朝生くんはもっと遠回りというか、直接的じゃない言い方をするから、そのストレートさが余計刺さる。
「あ、そうだ。なんか飲むよね。コーヒーとか淹れようか。それともウーロン茶にする?」
居たたまれなくなって、立ち上がってキッチンへ。とはいえカウンター越しに見えるから赤くなった顔を隠すのは難しいんだけど。
とりあえずウーロン茶をコップに注いでテーブルへと戻ってくると、朝生くんはじっと俺を見上げておもむろに自分の首元を指した。
「蛍ってさ、オメガだよな?」
俺の首元の首輪を示しているらしく、その仕草からオメガやアルファに関しての知識は有しているらしいことがわかった。良かった。性の説明まですることになったらどうしようかと思った。
「そう。こんな見た目だから意外だろうけど、オメガです」
高一の時の検査ではオメガとはわからず、それが判明するまでの間に成長期ですくすくと伸びた。そのせいで一般的なオメガのイメージとは違っているから、首輪を見てもオメガに見られないことも多い。
「じゃあもしかして俺アルファ?」
「うん。朝生くんはアルファだよ」
「じゃあ俺ら番ってこと?」
アルファとオメガが一緒に住んでいたら、当然そう思うのが普通だろう。
「……それは、まだ」
そうじゃない証拠に、俺のうなじに番の印である歯型はない。こんな見た目でもしっかりオメガらしいフェロモンを出すから、ちゃんと抑制剤を飲まないと仕事にも行けない。
「なんで? 一緒に住んでんのに」
至極真っ当な疑問をぶつけてくる朝生くんに、どう返そうか一口ウーロン茶を飲んで考える。
「番になるって大変なことだから、慎重になってんのかな」
「ふぅん」
気のない返事は納得いったようには聞こえなかったけれど、こればっかりは俺だって答えを持ち合わせていない。
なんでかは俺が一番聞きたい。いや、聞きたくないかも。
高校の時から付き合っていて、ヒートの時には数えきれないくらいしているし、一緒に住んでまでいるのに、朝生くんは俺のことを番にしてくれない。理由を聞いてもいつもはぐらかされる。
普段ポジティブに物事を考えようとしている俺でも、この件に関しては嫌な可能性に辿り着きたくなくて深く考えないようにしている。
だって大学の時には周りのオメガはみんな番相手を見つけていた。そういう相手を見つけたアルファは、誰かに奪われないようにと早く噛もうとしていた。まだ、と考えていてもヒートの時に勢いで噛んだ人の話もよく聞く。
だけど、どれだけ理性を飛ばすようなセックスをしても、朝生くんは俺のうなじを噛まない。
それってやっぱり、俺を番相手として選んでないのでは。
そもそも、事の始まりも成り行きだし、続いているのも朝生くんの優しさ頼りみたいなところもあるし。それとこれとは別だと言われれば俺はなにも言えない。
……おっと、いけない。今はわかりもしない朝生くんの考えを推察して落ち込んでいる時ではない。
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