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初めまして、恋人です。 2
「で、アルファな俺は誰だっけ?」
「朝生くんは、朝生凌太……こう、書きます」
キッチンカウンターに置いてあるメモを取り、漢字で書いて示す。朝に生まれ、凌駕する。何度書いてもかっこいい字だし朝生くんに似合っている。
「年は25で、俺にとっては中学高校の先輩で、職業は超かっこいいバンドマンです」
「バンド? じゃあ俺ギターとか弾けんの?」
「ボーカル兼ギターで、どっちも最高に上手いしかっこいいし天才。ファンもいっぱいいるし、CDもたくさん出てるし、本当にめちゃくちゃかっこいいんだよ! 今度一緒に聞こうね」
「わかったよ。蛍めちゃくちゃ俺のこと好きなんだな」
「うッ……だ、大好きです」
本人にプレゼンして、それだけで本人に図星を突かれて、告白して。記憶のない相手に勝手に踊っている自分が情けない。しかもその声で名前呼びは卑怯だ。きゅんとしてしまうじゃないか。
「それで俺らは一緒に住んでる恋人同士なわけ?」
一人ウーロン茶で熱を下げる俺をよそに、もう一度寝室の方へ視線を向けた朝生くんが核心を突く質問をしてくる。
バレているのなら素直に認めた方がいいのだろう。むしろ覚えていないのなら、この際大げさに言ってしまってもいいのではないか。
正直に俺と朝生くんの距離感を伝えて、ミャーみたいな反応をされたらこれから先俺もどう対応したらいいかわからないし、少し大げさに言うだけだ。いや、俺の中ではむしろある意味真実みたいなものだし。
「……それはもうラブラブで」
覚悟を決めたはずだけど、絞り出したような声は言い慣れなさ過ぎて掠れてしまった。自分で言っといてなんだけど、ラブラブという言葉を吐き出した喉がむず痒い。
すぐに言い直そうか弱気になって、やっぱりそこまでじゃないですと訂正しようとしたタイミングで朝生くんが深く息を吐いた。
「はぁー……まあ、正直男の恋人ってのはよくわかんねぇけど、蛍相手ならわからなくもない。オメガって可愛いイメージだったけど、蛍みたいな美人のオメガなら男でも気になんないし、傍にいれば惚れるのもまあわかる」
「う、く、あ、ありがとう」
頬杖をつきコップを傾けながら語る朝生くんに、お礼を言いながらも戸惑いが全面的に出てしまった。
「なんでそんな苦悶の表情してんの? ああ、まあ記憶のない男に褒められても変な気分か」
「いや、嬉しいんだけど、その、朝生くん面と向かって褒めるタイプじゃないから慣れてなくて……照れる」
「は? 俺そういうタイプなの?」
「まあ、割と。でも、ちゃんと優しいし、そういうとこも硬派で好きっていうか」
そういうタイプじゃないというか、基本褒めないというか。
とにかく朝生くんの顔と声でそんな風に褒められると、嬉しさと困惑で口元が歪んでしまうんだ。
変な顔してごめんとむにむに口角を揉んでいると、朝生くんが眉を下げて小さく笑った。
「ごめんな、なんにも覚えてなくて」
「謝らないでよ! 俺は、朝生くんが無事だっただけで本当に嬉しいんだから。記憶のことは焦らないで、まずは怪我を治すことに集中しよ」
「……良かったよ、蛍が傍にいてくれて。なんにもわからないけど、一人じゃないって心強いな」
「ううう」
そんなに見つめられて嬉しいことを言われたら踊り出したくなってしまう。
ただ、だからこそ本当に俺のことは忘れてしまったんだなという現実に刺されて顔が百面相をしているのがわかる。
俺が恋人だと言ったから、こんなに好意的なのだろうか。
「ところでなんで蛍は俺のこと名字呼びなんだ?」
「え、それは」
「あ、ベッドの中だけ名前呼びのタイプか」
「ち、ちが……っ!」
「いいじゃん、名前呼び。早く記憶戻るように名前で呼びなよ。とりあえず名前からスタートってことで」
そもそも朝生くんはずっと俺のことを「月夜見」と名字で呼ぶ。俺も最初は先輩と呼んでいたけれど、高校を卒業したタイミングで「もう先輩じゃないだろ」と言われて朝生くん呼びになった。だから名前呼びなんてしたことがない。けど。
「あ……りょ、凌太、くん」
「照れた顔可愛いな、蛍」
慣れないにも程がある名前呼びに、追い打ちをかける朝生くんの褒め。少し面白がるような表情を浮かべ、朝生くん―凌太くんはテーブルに身を乗り出してきた。
「今まで通りの日常生活を送った方が記憶が戻る助けになるって先生言ってたよな? ってことは、だ」
そして俺の頬を人差し指でつつくと、にっと子供みたいに笑って。
「いっぱいイチャつこうな、蛍」
なんて、その顔で言うはずのないセリフを口にして俺の頭を爆発させた。
……自分で嘘をついた手前、本当に自業自得でしかないんだけど、朝生くんの記憶が戻る前に俺は恥ずかしさで朽ち果てるかもしれない。
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