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テイクアバス 1
「ごめんね、こんな時間に」
あれから、もう少し詳しく家の中を紹介してから夕ご飯を終え、一息ついた頃にミャーへと電話した。
ご飯は、昨日から今日のために漬けておいた唐揚げを揚げて食べた。朝生くんの好きな味付けで、今日はいっぱい食べてもらおうと用意しておいたのがこんなことになるとは。
とはいえ凌太くんも美味しく食べてくれたし、二人で食べることができるという状態に感謝した。完璧に無事ではないとはいえ、本当に帰ってきてくれて良かった。
その気持ちのままに通話を繋げ、たくさんメッセージをくれていたミャーに謝る。
『いいよ全然。それよりどうした?』
「実はね……」
自分でも整理するようにミャーに凌太くんの状態を説明する。
体は無事だったこと。問題は他にあったこと。
『記憶喪失、ねぇ……。本当にあるんだな、そんなこと』
「本当にね。日常生活には差し障りないんだけど、自分のことも覚えてないんだって」
できるだけなんてことないように振る舞おうとするけど、ミャーはお見通しだった。
『辛いよな、蛍』
「……ん。辛いのは朝生くんだよ」
『そっちは全部忘れてんだろ? 蛍の方が大変だし辛いよ。俺でにきることがあったらなんでも言って。泣きたいなら胸貸すし、愚痴も聞くしサポートもするから』
「優しいなぁミャーは。でも大丈夫。俺、頑張るからさ」
『……別に頑張らなくてもいいと思うけど』
「え?」
『いや、元から頑張りすぎてるとこあるから、あんま思い詰めんなよってこと』
「うん、ありがと。じゃあ……」
「蛍ー! ちょっとこっち来て」
とりあえず報告を終えたところで、凌太くんの声が響いた。お風呂場からだ。
「あ、ごめん、呼ばれてるから切るね」
『ちょっと待て、今あいつ名前で……⁉︎』
切る間際にミャーの慌てた声が聞こえた気がしたけど、通話終了のボタンを押したところだから仕方がない。ともかくスマホをテーブルの上に置いて風呂場に駆けつける。
「どうしたの、あさ……凌太くん」
なにかあったのかと脱衣所のドアを開けて中を覗けば、浴室のドアを開けた凌太くんが俺を見て笑った。
「蛍、風呂一緒に入んない?」
「い、一緒っ!?」
予想外の提案に思わず声が裏返ってしまったけれど、なんのことはない、介助のためだ。
よく考えなくても落ちて怪我をしたばかりで擦り傷だらけだしあちこち痛いのは当たり前で、そのことに思い至らなかったことを反省する。
肩も打ったと言っていたし左手には包帯だし、本人も髪を洗おうとして不自由なことに気づいたのだろう。
埃を落とした方がいいかとお風呂を勧めてしまったけど、配慮が足りなかった。
「えっと、じゃあ……失礼します」
どうしようか迷ったけれど、Tシャツと下着で手伝うことにして中に入ると、不思議がる視線を向けられてしまった。
「恋人同士なら一緒に風呂入ったりしてねぇの?」
「しないしない! ……ほら、お互い身長あるし、狭いし、ね?」
これまた予想外の質問に狼狽えて返してしまったけど、ラブラブ設定だったことを思い出して付け足す。嘘は言っていない。普通よりもでかい俺たちが一緒に風呂に入るのは物理的に難しいんだ。
それにしたって、記憶がない凌太くんからしたら俺は自称恋人の知らない男だというのに、ずいぶんと敷居が低い。温泉だって知らない人とは適度に距離を取るだろうに、こんな狭い浴室で裸の付き合いだなんて嫌悪感とかないんだろうか。
「しないんだ? 風呂でエロいこと」
「え、そ、それは……」
言われてフラッシュバックするように思い出したのは大学生の頃のこと。
朝生くんの家に行く途中で豪雨に降られ、ずぶ濡れになった俺らは一緒にシャワーに入った。というか俺は待っていようとしたのに、風邪を引くからと朝生くんに引っ張り込まれたんだ。
そうしたらなんかそういう雰囲気になって、そのまま致した。音が響くからと声を我慢しシャワーで音を誤魔化しながら、お互いの冷えた体が熱くなるまで……。
「その顔は思い出してんな? てことは経験済みか」
「あっ、や、あれは若気の至りというか」
「マジでラブラブだったんだな俺たち。覚えてないの、もったいないな」
あーあ、とわざとらしく声を出して肩をすくめる凌太くんに、声を出さずに苦く笑った。記憶があったら、それこそ朝生くんの方が苦い顔するだろう。ラブラブって。なんならミャーもつっこみそう。
とりあえず髪の毛洗うねと濡らしてからシャンプーを手に取り髪を泡立てていく。しっかりトリートメントしないと髪が傷んでしまうと言ったのに朝生くんは全然構わなかったから、これを機に俺がケアしちゃおう。
落ち込んだって状況は変わらないし、だったら何事もポジティブに考えようじゃないか。
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