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テイクアバス 2

「そういや鏡見た時に銀髪でびっくりしたな。バンドマンなんだっけ、俺」  かゆいところはないですか、と美容院ごっこをしながら髪を洗っていると、凌太くんが鏡越しに俺を見た。 「うん。ちょっと前までは明るい茶髪だったんだけど、この前のライブの時にブリーチしてた。かっこいいよね」  普段は写真を撮ろうとすると不機嫌になるけど、今日は記念日だし、絶対一緒に写真撮ってもらおうと思ってたのにな。  隠れて深く息を吐き、切り替えようと頭を振る。  朝生くんはここにいる。それで十分じゃないか。 「蛍はずっと黒髪?」 「んー、何回か染めたこともあるけど、結局黒に戻っちゃうんだよね」  高校の時と大学の時と。朝生くんが頻繁に髪型も髪色も変えるから、羨ましくなって何度か色を変えた。でもそのたび結局元に戻す。 「蛍肌白いし、黒髪が一番似合いそう」 「……っ」  思わず手と息が止まった。  思い出に浸りそうになって緩んだ口元を、凌太くんの何気ない言葉に刺された。 「なに、俺なんかまずいこと言った?」  突然動きを止めた俺に、泡の隙間から凌太くんが怪訝な表情を見せる。だから慌てて首を振った。 「ううん、そうじゃなくて。……それ、前にも朝生くんに言われたから」  俺が黒髪でいる理由。単純に、朝生くんに褒められたから。  もちろんそんなストレートな言い方ではなかったけど、同じようなことを言われた。凌太くんから不意に朝生くんが覗いた気がして、驚いて呼吸が乱れてしまった。 「記憶がなくなってもおんなじこと言うって、よっぽど黒髪の蛍が好きなのかな俺」  軽く笑う凌太くんになんて返していいかわからなくて、誤魔化すようにシャワーでお湯をかける。丁寧に、呼吸が整うまで時間をかけて泡を流してから、ハンドルを捻ってお湯を止め。 「……今、試しにしてみるか?」 「えっ」  振り返った凌太くんに片手で引き寄せられ、再び呼吸が乱れた。  唇が触れそうな至近距離で、まっすぐな瞳が俺を射抜く。  朝生くんの瞳と朝生くんの唇、引き寄せる手の強引さにも朝生くんを感じるのに、そこにいる人は俺の知っている朝生くんではなくて。 「あ、あの……」 「うそうそ、冗談。さすがにこの状態じゃ満足させられないだろうし」  キスをされるのかと強張った体をあっさり解放し、凌太くんはおどけるように両手を上げて見せる。それからイタタと顔をしかめて左手を下ろした。 「なんかさ、可愛がりたいんだよな、蛍のこと。体に刻まれてんのかな」  遅れて腰を抜かしてその場にへたり込んだせいで下着は濡れてしまったし、Tシャツもシャワーで濡れているし心臓はうるさいしでもうめちゃくちゃだ。  それでも髪のケアだけはするという強い意志で立ち上がって、コンディショナーとトリートメントをやり遂げた。  次いで擦り傷の部分を避けながら背中を洗いつつ、まだうるさい鼓動とともに考えを巡らす。  ……本当に迫られたら、その時俺はどうしたらいいんだろう。受け入れるのかな。  そもそも朝生くんとはヒートの時ばかりで、それ以外はお互いが明日休日でなにも予定が入っていない時ぐらいしかしていなかった。しかもそれぞれがカレンダー通り働く仕事ではないからそんな日滅多になくて、普通のセックスはお預けを食らうことが多かったんだ。……まあその分ヒートの時に激しくいっぱいしてるのだけど。  今の朝生くんは、朝生くんであって朝生くんでない。  それとも体が一緒だったら朝生くんは朝生くんなのだろうか。  自分で言いはしたけど、それでも記憶のない男の人がそんなにすんなりラブラブな恋人設定を受け入れるとは思わなかったから、正直戸惑ってはいる。こういう朝生くんにはあまりにも耐性がない。嬉しいから困る。  ただ、そういう理性とは別に、ぶっちゃけた話朝生くんとのラブラブエッチに興味がないとは言えない。  俺は朝生くんとしか経験がないし、誰か他の人としてみたいと思ったこともないけど、果たしてこの場合は浮気になるのだろうか。  そんなことを確かめなくてもいいように、早く記憶が戻ってほしいと願うのはあまりにも自分勝手すぎるだろうか。

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