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優しさと戸惑い 5

「蛍……」  掠れた声での呼び名に感じる色。ねっとりとした濃密な空気とうなじに注がれる視線で悟った時には、背中に凌太くんの熱を感じていた。 「あ……」  後ろから抱きしめる形で抱きついてきた凌太くんは、幾度も俺のうなじに唇で触れ、煽るように音を立てた。同時に前に回っていた手が俺の腰に触れ、そのまま探るように下へと辿っていく。 「んっ……」  シャツの隙間から潜り込んできたもう片方の手が触れ、思わず声が洩れた。  油断していた。一緒に寝ていても朝生くんはこんな風に手を出してきたりしないから、そういう可能性は考えていなかった。だけど凌太くんにとって俺は最初から恋人で、オメガで、こうするのが自然な存在なんだ。  どうしよう。凌太くん、完全に俺のこと抱く気だ。どうしよう。  凌太くんになら、抱かれてもいいんだろうか。それともこれも浮気になる? そもそも俺は抱かれたいのか? 凌太くんは朝生くんであって朝生くんでない。でも、俺のこと好きになってくれたし、俺も好きだ。俺だけが一方的に好きみたいな状態よりよっぽどこの方が健全じゃないだろうか。  そもそも俺は朝生くんをどう好きだった?  顔? それはもちろん好き。頼もしい体も少し低めの声も好き。それは凌太くんだって同じ。 「あ、待って。まだ……っ」  流されていいのか、それとも凌太くんを思って止めるべきか、悩んでいるうちに急かすように凌太くんが俺のうなじを軽く噛んだ。  その瞬間、体が跳ねてぼろりと目から涙が零れ落ちる。 「蛍?」  鼻をすすったせいか、凌太くんの動きが止まり、それから窺うように名前を呼ばれた。そして半身を起こしたのか、顔を覗き込まれて濡れた頬を拭われる。 「ごめん、泣くほど嫌だった?」 「そうじゃない……そうじゃなくて、わかんなくなっちゃって」  嫌なわけはない。でも、正直わからない。 「俺は朝生くんが好きだけど、なにをもって『朝生くんを好き』って思ってるのかわかんなくなっちゃって」 「なにをもって?」 「思い出してほしいって思うけど、焦らず今のままでもって思うのも本当。でも、だったらこういうのどうしたらいいのかって」  頬を拭ってくれる手が優しくてまた涙が流れてくる。  中身含めての朝生くん。でも今の凌太くんもやっぱり朝生くんだ。  同じ人だけど同じ人じゃなくて、気持ちの整理がつかない。 「ごめん、まだできない。俺、朝生くんが好きで、凌太くんと重ねていいのか、まだわかんないから」  記憶がなくても同じ人だ。別に考える方が変なのかもしれない。  でも、やっぱり記憶もその体を構成する一部なんだ。そこが違う凌太くんと軽い気持ちで一緒になれない。 「こっちこそ悪い。また同じこと繰り返した」  泣きじゃくる俺を、凌太くんはそう言って優しく包み込むように抱きしめてくれた。安心と緊張が混ざっているような、不思議な感覚だった。

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