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優しさと戸惑い 6

「少し落ち着いたか?」 「ん、ごめんね」  泣き疲れてベッドヘッドに背中を預けてため息を吐く俺に、凌太くんはカップを差し出してくれる。熱いから、なんて注意してくれるってことは、わざわざホットココアを作ってきてくれたのか。この数日、俺がココアをよく飲んでいたのを覚えていてくれたらしい。 「こういうのは、覚えてる方が辛いよな」 「いやどう考えても凌太くんの方が大変でしょ」 「でも俺なんて全部忘れちゃった方だから、俺には今の俺が俺だけど、蛍にとっては違うんだもんな」 「……けどさ、こういうのは変わんないよ。いつも優しい」  すごくたまにだけど、俺が弱っている時に朝生くんも温かいココアを入れてくれた。それを教えていないのに、凌太くんは持ってきてくれた。だから根っこの優しさは変わってないんだと思う。それが嬉しい。  ただ、一口飲んで微妙な違和感があった。美味しいけれど覚えている味とちょっとだけ違う。  それでも二口目を口に含めば、温かさと甘い香りで心が落ち着いた。 「……俺ね、嘘ついちゃった。や、嘘っていうか見栄張ったっていうか」 「見栄?」  深い意味はなかった。でも、そうであってほしいとよこしまな心が働いた。  俺の様子を窺うようにしてベッド端に座った凌太くんに、ここ座って隣を叩く。心配そうな表情を浮かべている顔は、朝生くん双子の弟と言われた方が納得するくらい同じだけど違う。表情の作り方だろうか。 「俺さ、朝生くんのことが大好きなんだ。でも、朝生くんはたぶん俺のことそれほどっていうか、大事なものがもっと他にいっぱいあって、俺への割合はそんなに多くないっていうか」 「別れようとしてたとか?」 「ううん、全然そんなんじゃないけど……どっか一緒に行ったりもしないしライブも来んなって言われてるし、あんま普通の恋人みたいなことしないから。いや、俺はね、朝生くんの優しさをちゃんと感じ取ってるし、勝手になんにでも愛情感じ取ってるし、俺ほら、こう、一般的じゃない可愛げのないオメガだからさ? 一緒に住んでるだけでもう十分『愛!』だとは思ってるんだけど、たまに、普通に愛し愛される番みたいなのもいいなーとか思っちゃうんだよね」  ミャーにもよく言われるし心配される。それ本当に愛情かって。頻繁な朝帰りも怪しいし、ライブ会場にも行かせないなんて絶対おかしいと。ツンデレのデレがわかりにくいだけだよ、なんてよく返していたけれど、揺らぐ気持ちもあったのは確かだ。  俺たちの関係はそれでいいと思う日もあり、やっぱりちょっと変わりすぎなんじゃ、と思う日もある。普段はポジティブな思考を心がけているけれど、こと朝生くんのことに関してはいつも俺はぽんこつだ。 「そういう俺たちの関係って説明しづらくて。だから凌太くんに聞かれて、思わず『ラブラブ』だなんて言っちゃった……ごめん」  というか単純に俺にデレる朝生くんを見てみたかった。本当に軽い気持ちだったんだ。それなのに思った以上に凌太くんが俺のことを受け入れてくれて、距離が近づきすぎて浅慮だったと気づいた。 「まあ確かに、俺が可愛いっていうたび照れてたもんな。言われ慣れてなさそうだった」  俺の頬をつつき、わざわざ耳元で「可愛い」だけを強調する凌太くんに、危うくカップを引っくり返しそうになる。 「たまには言われたいと思ってたけど、実際言われるとやっぱ恥ずかしいっていうか、耳が熱くなっちゃって」 「体は正直だな」 「もおおおおお、そういうの囁かれたらやばいんだってば!」 「そっか。じゃあ次はもっと愛を囁くな」  どうやら俺の弱点を見つけたことが楽しいらしい。そういうイジワルさはある意味朝生くんらしいけど、こんなところで発揮しないでほしい。 「俺は最初から蛍のこと可愛いと思ってたよ。前の俺だって思ってたはず。素直に言わない意味がわかんねーけど」  自分で自分のことを不思議がる凌太くんは、本当にナチュラルに褒めてくる。その声で言われるのは、やっぱり慣れない。 「なあ、俺と蛍が出会った時の話してよ。聞きたい。それでなにか思い出すかもしれないし」 「どうかな。俺の思い出じゃ思い出さないかも」 「わかんないだろ、なにがきっかけになるかなんて。出会いの話が刺激になるかもしれないからさ。てか俺が聞きたい」 「……出会った時っていうのは難しいな。俺が一方的に一目惚れして一方的に追っかけてたから」  ミャーにはストーカーみたいだと笑われた話を、まさか本人にする日が来るとは。 「教えて」  劇的になにか思い出すかも、とまで言われたら、喋る以外の選択肢はない。そもそも隠すものでもないし。  この際だ、少し思い出話をしよう。 「俺が朝生くんのことを知ったのは、中学二年の時、転校した学校でだった。  朝生くんは一年先輩でサッカー部で、当然人気者で男にも女にもめちゃくちゃモテてた。  最初の印象は、かっこいい人がいるな、スポーツ万能でモテてて、ああなりたいな、憧れの人だなって感じだった。  俺はバスケ部だったけど持久力なくて基礎練習ばっかりしてたから、スポーツマンとして、男として憧れの存在だった。  その憧れの朝生先輩が怪我でサッカー部を辞めた後に今度はバンドを始めて、学祭で披露しててこんなかっこいい人いるのかって衝撃だった。  でも接点はなかったし、憧れのまま終わるはずだったのに、進学した高校に偶然朝生くんがいて、なんか運命だと思っちゃったんだよね。  顔を覚えてもらいたくて鬱陶しいくらい絡んでって、積極的にアピールしてた。  でかい変な後輩、ってくらいしか認識されてなかったけど、邪魔にはされなかったから優しい人だなってますます好きになっていったんだ。  そんな俺たちの関係が変わったのは、俺が二年の文化祭の準備の時だった」

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