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知っているのに知らない人 1

「だからさ、ある意味『恋人』は自称なんだよね。朝生くんからちゃんとした愛の言葉は聞いてないし、付き合おうとも言われていない。でも一緒にいてくれて、ヒートの時には抱いてくれる。俺たちは、そんな関係」  自分で言っていて情けなくなってくる。  辿れば辿るほど、俺たちの関係はあやふやだ。 「へへへ、優しくて突き放さない朝生くんに、俺が好きって言ってるだけで恋人同士とか。結構ずるくて浅ましいでしょ、俺」  濡れた目を擦って、笑顔を作る。  可愛げなんてないんだから、泣かれたってうざったいだけだと思う。凌太くんにまでそう思われたくない。  ……もちろん俺は付き合っていると言い張っているし恋人だと言い続けても否定されていないから恋人は恋人なんだと思いたい。今のところ朝生くんに誰かの影は見えないし、家にはちゃんと帰ってくるし、どこかに食べに行ったり買い物に付き合ってくれることもある。  一緒にも寝てるし、体の心配もしてくれるし、好きな食べ物も覚えていてくれる。  俺はそれを十分愛だと思っているけれど、ミャーに話したり普通のカップルを見たりすると、その自信が揺らぐ時もある。 「始まりがそんななし崩しだったから、実は割とずっと不安。恋人とか同棲って言って否定されないけど、番にはならないし、そういう明確な印なしに朝生くんの優しさで保ってるようなもんなんだ、この毎日は。それなのにその全部がなくなって、嘘ついて甘やかされて、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃった。ごめん」  まだじんわりと目尻が濡れてしまうから、擦ってなんとかしようとしたらその手を凌太くんに止められた。それから自分の指でそっと目尻を拭ってくれる。記憶を失っても優しいんだから、朝生くんが根本的にどれだけ情に厚いのかわかるというもの。 「……好きじゃなきゃ、こんな長い間一緒にいて抱いたりしないと思うけど」 「どうかなー。そりゃ朝生くんはモテるけど、だからこそ普通に恋人作ると色々面倒だからかもしれないし?」 「それは、ちょっと自分を卑下しすぎだろ。俺が覚えてる短い間でも、蛍は優しくていつも明るくて可愛くて綺麗で魅力的だってのはわかるんだから。それに俺の体が焦るほど蛍を求めてるのって、俺だけの気持ちじゃない気がする」 「ふふふ、凌太くんは結構ロマンチストなのかもね」  そもそも凌太くんは最初から俺と恋人同士という前提で始まっているから、だいぶ好意的に見てくれる。だけど、それは凌太くんの気持ちであって朝生くんの気持ちではない。褒めてくれるのは嬉しいし、そうやって慰めてくれるのもありがたいけど、それはそれ、これはこれだ。  ベッドサイドのテーブルの上に置いていたカップを取り、一口飲み込む。優しい味がじんわり染み込み、涙も引っ込んだ。  改めて語ると、本当に俺と朝生くんの関係は微妙で難しい。ポジティブに恋人同士だと言い張ってきたけど、本当のところはどうなんだろう。……素直に聞いたら答えてくれていたのだろうか。どっちにしろ、たぶん俺は答えを聞くのが恐くて問いさえしないだろう。今のままで十分幸せだと思っていたから。  本当に、人生なにが起こるかわからない。 「なあ、周りに誰かいないのか? 俺らのことを知ってる相手」 「周り?」 「その人に、俺たちがどう見えてたか、俺がどう言ってたか聞いてみればいい。今は蛍の目線での朝生凌太しか見えてないから、他の誰かからの客観的な視点ってやつがいるんじゃないかと思う。俺にも、蛍にも」 「俺と朝生くんのことを知っている人間……」  凌太くんの提案を聞いて一番にミャーが思い浮かんだけど、それじゃあたぶんダメだ。だって元からミャーは俺の話している朝生くんのことしか知らない。しかもそれは俺目線の印象でしかない話だ。そもそもあえて聞かずとも、ミャーが朝生くんにいい感情を持っていそうな雰囲気がない。  でも、だったら一体誰が客観的に俺たちのことを見てくれるのか。朝生くんの知り合いなんてあんまり知らないし……。 「悩んでるとこ悪いけど、なんか鳴ってない?」 「あ。朝生くんのスマホだ」  音に気づいたのは凌太くんだけど、それがなにかと気づいたのは俺。  凌太くんが特に必要としていないから、朝生くんのスマホはリビングに置きっぱなし。それが今鳴っている。  こんな時間に誰だろう。病院からだったらどうしよう。  そんな不安に背中を押され、駆けるようにリビングのスマホに辿り着いた。  手にしたスマホの画面には「真昼」と表示されている。

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