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知っているのに知らない人 2
「真昼 、さん……?」
今は夜中で昼ではない。だからその表示が意味するのは、その名の人から電話がかかってきているという事実。
真昼さんは、朝生くんのバンドメンバーだ。
「HINEMOSU(ヒネモス)」のキーボード担当の金髪お兄さん。
朝生くんの厳命によりライブに足を運べなくても、メンバーはちゃんとわかっている。
そういえばバンドメンバーに連絡することをすっかり忘れていた。というか朝生くんのスマホにしか連絡先が入ってないから、俺から連絡するという考えが抜け落ちていた。抜けているにも程がある。
ともかく電話に出て色々説明しないと。朝生くんのメンバーということでこちらは一方的に知っているけれど、向こうは俺を知らないだろうからそこの説明から始めなくてはいけない。番だったら簡単なのに、なんて今言ってもどうしようもない考えがよぎって、すぐに振り払った。
せめて同居人だと話していてくれればいいんだけど。
「も、もしもし! こちら朝生のスマホですが……」
『へ? もしかして、月夜見さん⁉︎』
とりあえず切れる前に、と勢い込んで出た途端、向こうから名前を呼ばれた。あまりに予想外で、一度画面を見直す。真昼さんって、誰か別の知り合いの真昼さんじゃないよな?
「え、そうですが……?」
『マジか本物⁉︎ あれ、待てよ。なんで月夜見さんがリョータのスマホに……って、もしかしてリョータになんかありました?』
なんという超速理解。
どうして俺のことがすぐわかったのかは謎だけど、ともかく自己紹介しなくていいのならありがたいとすぐさま朝生くんの事故のことと記憶のことを説明した。次いで今まで連絡しなかった謝罪も。
『記憶喪失⁉︎ ……いやまあ、月夜見さんがオレと話してる時点でそうなのか』
驚きはあったけれど、なぜか飲み込むのが早い真昼さん。俺がこうやって通話をしているのがよほどおかしいらしい。
ともかく真昼さんは俺の知らない朝生くんを知る人だ。客観的というのなら打ってつけだろう。これはぜひ話を聞かないといけない。
スマホを持っていない方の拳を握り、気合を入れてさっき凌太くんから持ち出された提案を口にした。
「それで、俺より朝生くんのことに詳しいみなさんに、朝生くんのことを教えてあげてほしくて」
『俺らにできることだったらいくらでもしますけど。ていうかウワサの月夜見さんに会えるならなんでもします』
「ウワサの……?」
『じゃあ明日全員集めとくんで良き時に来てください。で、住所送りたいので連絡先交換してもらってもいいですか?』
「もちろん! こちらこそ助かります!」
なんのウワサを流されているのかは気になったけれど、それは会った時に聞けばいい。
今はなにより先に必要な連絡先を交換して、明日の約束を取り付けた。
『じゃあ待ってますんで、気をつけて』
電話を切る直前、ヤッホー! というはしゃいだ声が聞こえた気がしたけど、たぶん気のせいだろう。
それよりも、真昼さんのノリがなんとなく思っていたのと違う感じだったんだけど、俺が慣れていないだけだろうか?
それに、こっちの話でいっぱいいっぱいになってしまったから結局わからなかったけど、なんの連絡だったんだろう。定期連絡? だったらグッドタイミングで電話してくれた。
朝生くんの話を聞くのにこんな適任の人たちはいないだろう。
俺の知らない、俺のいない場所での正しい朝生くんのことをちゃんと話してくれるはずだ。
「凌太くん。明日話聞けそうだから出かけよう」
「なんつーか、見事なタイミングだったな。……あれ以上してなくて良かった」
「……朝生くんだったら放っとけって言ってると思う」
実際何回かあったな、とその時を思い出して赤くなる俺を、凌太くんは気まずげな表情で見ていた。
俺も早いうちに覚悟を決めよう。記憶が戻っても戻らなくても、目の前の朝生凌太を受け入れる覚悟を。
まずは手始めに、朝生くんを知るためのおでかけだ。
明日は朝からウォーキングのレッスンがあって、きっと休んだら朝生くんが嫌な顔をするだろうからちゃんとこなそうと思う。真昼さんも、全員起きていないだろうからできればお昼過ぎがいいと言っていたし。
だから早めに眠りたかったんだけど、さっきの今で凌太くんと同じベッドで寝ることと、俺の知らない朝生くんを知るチャンスを得た不安と興味と興奮で、俺の眠気はしばらく俺の元を訪れてくれなさそうだった。
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