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知っているのに知らない人 3
「うおぉおおおお本物の月夜見さんだ!」
「ど、どうも……?」
指定された住所の場所は、メンバーで借りているという防音室付きの家だった。
駅からは少し歩くけど、白を基調としたマンションみたいな一軒家は自由に音楽を奏でられるそうで、メンバーの溜まり場になっているらしい。こんなところがあったとは、今まで聞いたことがなかった。
当然俺同様ここを知らない凌太くんと一緒に訪ねると、みんな揃って玄関先に出てきてくれた。
しかもなぜか全員凌太くんそっちのけで俺の周りを囲み、そのままリビングへと連れていかれる。よほど俺はこの人たちにとって珍しい存在らしい。
置いてきぼりになって後からついてきた凌太くんを窺ってみたけど、周りを見回す顔になにか思い出した様子はない。
とりあえず二人並んでソファーに座ると、面接のように三人が前に座った。真昼さんが呼んでくれるとは言っていたけれど、本当にメンバー勢揃いだ。
「二人でここに来たってことはマジで記憶ないんです?」
まずは先陣切って真昼さんが話し始めた。だから俺たちはお互い顔を見合わせ、それから凌太くんが口を開く。
「ない。初めまして」
「はーマジかー」
「記憶喪失って初めて見た。ドラマみてぇ」
それこそ病院で俺を見た時のように、本当に全員を初めて見た顔で頭を下げる凌太くんに、長髪の天明 さんが脱力したようにソファーに身を預け、逆に黒髪サングラスの晩 さんが身を乗り出してくる。
どういう確認の仕方なのか、三人はそれで確信を持ったらしい。
俺はここの存在を知らなかったから、確かに二人揃っているのは不思議なのだろうけど、なんとなく驚きの意味が違う気がする。
ともかく、昨日真昼さんにした説明をもう一度繰り返すと、三人は改めて凌太くんに向かって自己紹介をしてくれた。
「寡黙で男前の超絶技巧ベーシスト天明様と覚えてくれ。このキューティクルで覚えてくれてもいいぞ」
「みんなの太陽、愛されプリティキーボードの真昼でっす。オレが小さいんじゃなくてお前らがでかいだけだからそこんとこ注意な?」
「顔が見えると気が散って音に集中できない女たちがいるからサングラスをしてる、ドラムの晩だ。かっこつけっつったらぶっ飛ばすぞ」
三人それぞれポーズ付きで名乗ってくれるけど、見た目とイメージが違いすぎて知っている俺まで目を白黒させてしまった。
持っているDVDにはMCが入っていないから、かっこいい演奏姿しか知らない。そういえば、喋っている姿をほとんど見たことがなかった。みんなこんな人たちなのか。意外だ。それとも緊張をほぐしてくれようとしているのだろうか。
「あー、蛍の恋人の凌太だ。歌は歌えるかもしれないけどギターは弾けない。絶賛記憶喪失中。よろしく」
そして凌太くんまでそれに乗るから、俺もするべきかと悩む。得意なことも紹介できることも特にない。
「あ、月夜見さんココアでいいっすか?」
「え、あ、はい」
迷っているうちに天明さんが立ち上がって声をかけてくれたから慌てて答えた。なぜか名前どころか飲み物の好みまで知られている。
「リョータはいつもどおりのコーヒー……じゃないのか、今は」
「いや、それでいいです」
朝生くんはいつもコーヒーに角砂糖一つ。それをスプーンで潰して飲むのが好きだ。いつもと同じようにした方がいいかと凌太くんにもそうやって出しているけれど、そういえば味の好みも微妙に違うんだった。帰ったらそこからちゃんと聞こう。
「マジで喋り方違うのウケる」
「見た目が変わってないから余計にな」
「しっかし他はまだしも月夜見さんを忘れるとはねぇ」
口々に凌太くんへの違和感を口にする三人。俺の知らない朝生くんを知っている彼らからしてもやっぱり別人らしい。
ただ記憶喪失と聞いて悲壮感を漂わせないでくれたのはありがたくて頼もしい。
「まあおかげで俺たちは本物の月夜見さんを見れたわけだけど」
「それなー!」
「マージで本物美人。ありがとなリョータ!」
それどころかなにか妙に盛り上がっている。しかもその原因がどうやら俺らしいと気づいて凌太くんと顔を見合わせた。
「あの、本物の、とは」
そもそもなんで当たり前のように名前を呼ばれているんだろう。電話の時点で名前を呼ばれたから朝生くんが俺のことをなにかしら喋っていたのだろうけど、どういう伝わり方をしたらこんな風にフロアが沸くんだろうか。
全員好奇心いっぱいに輝く目をして俺を見てくる。それがやたらとむずがゆい。
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