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知っているのに知らない人 4

「いや、リョータがよく喋ってるもんで。すんません、会えて興奮しました」 「つーか、めちゃくちゃ語る割に絶対会わせようとしないからそりゃ実際会えたら興奮するでしょ」 「それは、俺がこんなオメガらしくないオメガなので。……って、語る?」  俺に対して「めちゃくちゃ語る」ということができるのは一人しかいないのに、その人とその行動が結びつかない。  本来なら朝生くんのバンドメンバーとして、ファンである俺の方が会って興奮するはずなのに。驚いて感動し損ねてしまった。  朝生くんが俺をバンドのメンバーに会わせようとしなかったのは知っている。それは俺がパートナーとして恥ずかしいオメガだからだと思っていた。  普通のオメガはもっと小柄で可愛らしい雰囲気で、守りたい見た目をしている。それに比べて俺は朝生くんより三センチも身長が高くて、大したことないモデルで、可愛げもない。だから会わせたくないのかと思っていた。  なのに彼らの反応からして、どうも微妙な齟齬があるらしい。朝生くんは、一体なにを語っていたんだ。 「マジで今止めないと話すけど、オーケー?」 「わかんないけど、俺も聞きたいからどうぞ」  晩さんが凌太くんを窺って問うけど、内容を知らない凌太くんはあっさりと先を促す。そこでまた三人が顔を見合わせて奇妙な顔をした。朝生くんからしたらよっぽど話されたくないことなのだろうか。  そこまで変な顔をされるなんて、一体どんな話をしてたのか。  本当にいいんだな? と晩さんがもう一度念を押して、再度凌太くんがどうぞと返してやっと三人がこちらを向いて話し始める。 「リョータって、酔っ払うと音楽の話熱く語り出して、そのままシームレスに月夜見さんの話に移行するんですよ」 「俺の話、ですか……?」 「そ。もうノロケもノロケ。やれ美人だやれ料理上手だ、スタイルがいいとか笑顔が可愛いとか普段は可愛いけど夜はエロいとか……コホン。これは失礼」  んんっ、とわざとらしく咳払いをして真昼さんは俺から目を逸らす。それを晩さんが継いだ。 「マジでめちゃくちゃ自慢してて、それなのに絶対会わせようとしないから、どんだけ俺たちに信用ないんだよっつったら、信用とかじゃなく、会わせたらみんな月夜見さんのこと好きになっちゃうからイヤだ、と。絶対取られたくないってうるさいのなんの」 「恋人自慢始まったらいくら語っても終わらないからいっつも俺ら朝帰りっすよ」  そして天明さんが付け足すものだから、はてなマークが山ほど飛び出る。 「だ、誰の話……?」 「朝生凌太の恋人自慢話」  今一体なんの話をしていたんだと迷子になるほど予想外の展開で、思いきり困惑した。  あまりにも俺のイメージとかけ離れすぎていて、話がちゃんと脳まで届かない。 「しかもこれ、俺たちだけじゃなくて親しいバンドと飲むとみんなにやらかしてますからね」  真昼さんの言葉に二人が苦笑いとともにしみじみ頷く。  その様子からして相手は少なくなさそうで、せっかく入れてもらったココアの味がしない。  これだったら同姓同名でそっくりな見た目の別人がいると言われた方が納得できる気がする。 「じゃあ朝まで飲んでたって言うあれは? 本当にそんな頻繁に飲み会してたんですか?」 「飲み会っていうか、大抵ここで酔っ払ったリョータが月夜見さんのノロケ自慢話を始めて、それが終わらずいつも朝に……」 「ノロケ自慢……? 朝まで?」 「毎回言い足りなさそうに帰っていきますよ」 「でも月夜見さんがベッドの半分空けてるから、何時になっても絶対帰るって」 「最後までそれだもんな。殴られんの承知で動画撮っておけば良かった」  口々に言う三人に、冗談を言っている雰囲気はない。例えば俺に気を遣ってそういう体にしておこうと決めていたとしても、あまりに俺の知っている現実とかけ離れすぎていてどうやって反応したらいいかさっぱりわからない。  どう考えても別人の話をしているとしか思えないのに、掛け合いのテンポが良すぎる。 「だから俺たち、月夜見さんのことならめちゃくちゃ詳しいっすよ。本当、耳にタコできるくらい聞かされてるんで」  そんな風に笑う三人に、頭がまったくついていかない。  確かに最初から俺のことを知っていたし、名前だけじゃなく飲み物の好みまで知っていた。  それは全部、朝生くんが喋っていたから、なんだと。そもそも俺の味の好みを、朝生くんが覚えていたってことなのか? 「逆に、どうなんです? 家でのリョータは」 「赤ちゃん言葉で甘えたり?」 「ギャッハッハッ! きめー!」 「お前ら、一応本人目の前にいるんだぞ」 「今までのリョータだったら絶対俺らがこの話する前に止めてるよな、ホント」  言われた本人である凌太くんは、むしろ俺の答えに興味がある視線を送っている。  凌太くんには言ったじゃないか。自称と言ってもおかしくない恋人だと。その相手が赤ちゃん言葉なんて俺相手にするわけがない。あのクールな朝生くんを見て、どうしたらそんな想像ができるというんだ。

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