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知っているのに知らない人 5
「た、たぶんそれなにか違う話というか、なにかか誰かと間違って……」
「俺らが惚れたらいけないから会わせねーつってライブにも呼ばないどころか写真も見せてくれないし、SNS見たって言うとめちゃくちゃ怒って機嫌悪くなるし、執着も独占欲もやばいでしょあいつ」
「……あんまり感じたことないですけど」
執着とは独占欲とか、朝生くんには一番遠い単語な気がする。俺がなにしてるのかあんまり興味ないというか、俺がいつも一方的に話してるのを適当な相づちで聞いていることが多い。まあ俺の場合、仕事とレッスンとジムとの繰り返しだから、あんまり面白い話ではないんだろうけど。
それにSNSはモデル活動の一環でしているけれど、それも見られていたのか。だから「本物の」なのか。しかし公開されているSNSを見たくらいで怒る朝生くんなんてイメージできない。
独占欲とか、感じるようなことあったっけ? とつらつら考えても首を傾げるばかり。
「あ、でも確かにいつもミャーの話するとちょっと不機嫌に……。けどそれって俺の話が面白くないだけじゃ」
「「「出た、ミャー!」」」
俺がその名を口にした瞬間、三人の声が揃った。どこか愉快そうな調子だけど、この感じじゃどうやら朝生くんはミャーの話もしていたらしい。
「ミャーって? 猫?」
「あ、そっか。まだ言ってなかったね。ミャーは、日中美也っていう俺の同期のモデルだよ」
一人ぽかんとしている凌太くんに、そういえばと説明する。
見るのが手っ取り早いかとフォローしているSNSでミャーの写真を見せると、妙に渋い顔をされた。今ちょうどオレンジに見える明るい派手な茶髪をしているから驚いたのかもしれない。ミャーという呼び名は可愛らしいけど、本人は迫力のあるイケメンだし度肝を抜かれるのはわかる。まあ、誰よりも朝生くんの方がかっこいいけど。
「183センチのアルファだろ? そりゃやばいわ」
「いっつもこんな顔して喋ってるから、よっぽど警戒してるんだろうなぁ」
晩さんに続き、真昼さんが眉間に思いきりしわを寄せて口をへの字に曲げる。大げさではあるけれど、確かに朝生くんもそんな顔をしていた。なんなら今の凌太くんも近い顔をしている。
「警戒って。ミャーは仲のいい同期で、よく話を聞いてくれる友達で優しい人ですよ。朝生くんのことも話してるから知ってますし」
「でもアルファなんでしょう? しかもド派手な」
「アルファだけど、そもそもすごくモテるから俺みたいなのをわざわざオメガとしてなんか見ないので」
「これだから心配なのか……ちょっと納得」
「っていうか心配を通り越してたけど、月夜見さんは鈍いからとりあえずは平気だろうと言ってたのにも納得だな」
「そんな変な心配してたんだ、朝生くん。言ってくれれば違うよって説明したのに」
「未だに自分がどういう人間かわかってない無自覚オメガつってたな、確か」
「これは俄然リョータの杞憂が杞憂じゃなくなってきたぞ」
これは俺があまりに頼りないから変な心配をさせているということだろうか。実際ミャーを見ればわかるけど、本当にわかりやすいアルファでモテる人だから、そんな心配無用なのに。
朝生くんが偏った情報を与えているからか、三人もミャーのことを勘違いしているらしい。アルファはアルファだけど、あくまで仕事仲間で友達なんだ。変な勘ぐりは的外れすぎるからやめてほしい。
「……で、でも、だったら、本当に心配だったら番になりますよね?」
それに、本当に心配しているのなら俺は未だにこの首輪をしていないはずだ。とっくの昔につけられたうなじの噛み跡を見せびらかしているだろうに、そうはなっていない。
どう考えてもやっぱり番にしてくれない理由がわからない。
そう、当然の疑問を投げかける俺に、三人は黙って顔を見合わせた。そして代表して真昼さんが口を開く。
「……『Brace』って曲知ってる?」
「確か、ライブの時だけ歌ってる英語の曲ですよね? 俺、英語全然わかんなくて。調べようとしたら絶対ダメだって」
ワハハ、と笑い声が揃った。
神妙な顔をしていたかと思ったけれど、どうやらニヤニヤした口元を引き締めていただけらしい。
「あれ、ファンの間でもかなり人気でずっと音源化望まれてるんだけど、リョータが止めてんの」
「なぜなら月夜見さんに歌詞を知られたくないから」
「俺に? 歌詞……」
「あれってつまり、番になりたいけどなれない男の曲なんで」
「なりたいけど、なれない?」
そもそも番は、ヒート中のエッチの時にフェロモンの出ているうなじを噛むことで成立するものだ。それによりフェロモンが変質して、他のアルファには作用しないようになる。
たったそれだけのことでなれる番に、なりたくてもなれないとはどういうことなのか。
「俺たちもさ、そんなに言うんだったら番になればいーじゃんって言ったら『うるせーな、俺の気も知らないで』って怒られたんだよね」
「言いまくったらめちゃくちゃ舌打ちされたなぁ」
どうやら、誰にも言わない理由があるらしい。歌にまでしているのになんでそこまでして番にならないのか、俺にはさっぱりわからない。なんなら三人も詳しい理由までは知らないのか。
「ま、とりあえず今のところこっちの活動は落ち着いてるんで、あんまり焦らずいきましょ」
「たぶんそのうち耐えられなくなって思い出すから。リョータが月夜野さんのことを忘れたままでいるはずないし」
「ま、記憶がなくなってもまた一から好きになるだろうしな」
「それは絶対」
「だな」
なぜかしっかり断言してくれる三人はよっぽど強い根拠があるらしく、俺以上に凌太くんの気持ちを信じているようだ。
「確かに」
「凌太くん!?」
なんなら凌太くんまで深く頷いている。全然わかっていないのは俺だけらしい。
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