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知っているのに知らない人 6
「あ、そうだ。リョータ、一応ギター触っとく? こっちなら音出しても平気だから」
「ああ、はい。自分でやってみても弾けなかったけど」
「でかい音出せば、もしかしたら感覚戻るかもしれないしな」
そう言って真昼さんと天明さんとともに、凌太くんはスタジオとして使っているらしい地下の防音室へと下りていった。
家でもギターに触ったとは言っていたけれど、仲間と一緒に大きな音で弾いたら記憶が戻る手助けになるかもしれない。なにがきっかけで記憶が戻るかはわからないとお医者さんに言われたし、ならば少しでも多くのきっかけを作りたい。
音楽の話はさっぱりわからないから俺はなにもできないけれど、ここは仲間のプロにお任せしよう。
「……不安っすよね」
俺がいたからか一人残ってくれた晩さんは、サングラスを外してテーブルに置いて声をかけてくれた。どうも、初めましての挨拶のためにわざわざつけてくれていたようだ。一見怖そうに見えるけどいい人だ。
「事故だけでもアレなのに、記憶ないとか。大丈夫っすか、日常生活」
「えっと、なんとか。というか俺の方はそうでもなくて、大変なのは凌太くんなので」
「いや普通に月夜見さんも大変でしょ。本人は能天気に忘れてるだけだし。ったく、俺らはまだしも月夜見さんのこと忘れるかね」
がしがしと髪を掻き回すようにしていらだちを伝えてくる晩さん。
みんな等しく忘れているのなら俺としてはまだ救われた気でいたけれど、三人の話を聞いている限りでは俺が忘れられていることがおかしいらしい。なにもピンと来ない。
「とりあえず、俺ら全員曲作れるんで、いざとなりゃ歌ってくれればなんとかなるし。ギターやるなら練習すりゃいいし。本人にやる気あればこっちはどうにでもするんで、月夜見さんもあんま思い詰めないように」
「心強いです。ありがとうございます」
「ま、思い出してくれんのが一番なんすけど」
「それはまあ、確かに」
素直な気持ちをそのまま伝えてくれる晩さんに、張りつめていた気持ちが少し緩んだ気がした。
もしも凌太くんの記憶が戻らなかったらバンドの方だって絶対大変だろうに、こうやって励ましてくれるなんて本当にいい人だ。きっかけは良くないけれど、それでも話せてよかった。
「……いっそのことベースに転向して一から覚え直すのはどうだろう」
「ツインベースもありか」
「ノーギターツインベースはさすがに尖りすぎじゃ?」
しばらくして地下から戻ってきた三人の会話からして、劇的な効果はなかったらしい。というか、なにか特殊な話をしているし凌太くんがつっこんでいる。
見た目は普通にヒネモスなのに、凌太くんの態度が違うからか妙にほのぼのして見えた。そのおかげか、疑問は一杯なのに肩の力は抜けた。思っている以上に体に力が入っていたようだ。
「とりあえずあんま焦っても仕方ないし、連絡だけくれればいいんで」
「こっちのことは任せて」
「でも一応連絡先教えて」
「あ、俺も」
結局全員と連絡先を交換して、妙な疲労感とともにその家を後にした。
凌太くんは話が聞けたことで満足しているようだったけど、俺の方はより一層困惑が強まった気がする。
「やっぱ俺もちゃんと蛍のこと好きだったんだな」
「いや、好きではあってくれたと、思うんだけど……」
ミャー相手にはそうだと言い張っていたけれど、実際人の口から聞くと不思議でならない。
愛情はあったと思う。だけど三人が話してくれたような、ノロケをしょっちゅう話す朝生くんはあまりにイメージが違いすぎる。俺の話のふりをして別人のことを語っていた、という方がまだ納得ができるくらいだ。どうなっているのかさっぱりわからない。
自分で話を聞きに来たわりにさっぱり朝生くんのイメージが掴めず、凌太くんよりも俺が混乱している。
誰か他の人にも話が聞きたい。もっと優しさを持たず現実を突き付けてくれる人に。
「あ、そうだ。先輩のとこに行こう。それだったら二人とも知ってるし。うん、そうしよう」
忖度のない人、と考えて真っ先に浮かんだ顔は、大学時代の先輩だった。あの人なら俺たち二人の関係も知っているし、その上で忌憚のない意見をくれるだろう。
今優しさをたくさんもらったところだし、たぶん合わせればちょうど現実的な状態になるはず。
「先輩?」
「俺にとってはね。凌太くんにとっては、バンドの初期から知ってる知り合いって感じかなぁ。俺と朝生くん両方のこと知ってる人だから、きっと普段の姿を教えてくれる、はず」
正直、不安はたくさんある。普段なら、どちらかというと関わらない理由を探すだろう、ちょっと苦手な先輩。それでも凌太くんのこの状態を黙っていた方が後々面倒になりそうだし、こういうことは早めに済ませておいた方がいい。
そうと決めたらまずアポを取ってからお土産を選ばないと。そうじゃないと会って話してくれない人だ。
お酒と甘いもの。さて、なにを選ぼうか。
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