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知っているのに知らない人 8

「……蛍って、ライブ行かないんじゃなかったっけ?」 「その時は普通に行ってたんだよね。かっこよかったよぉどの時も」  目の前で朝生くんの演奏を聞けるのも、演奏をしている姿を見られるのもとても良かった。ビリビリと痺れたし、みんなが聞き入っているのを見るのも最高だった。  その鋭い目と視線が合った時なんて、腰が抜けそうなほどかっこよさにやられた。まるで魔法みたいだった。 「んで、その時のボーカルが、リョータ一人が人気になってモテるのが気に入らない、顔だけのくせにでしゃばんなって文句言ってきて揉めた時に、本人より月夜見の方が怒ってなぁ」 「いやそれは」 「『朝生くんはモテるけど顔だけじゃないし上手いから目立つだけだ、なにを聞いてるんだ! そもそも朝生くんの作った曲を全然歌いこなせてない!』って捲し立ててて」 「いや先輩、俺のことはいいから」 「もーあの時は笑ったなー。みんなわかってたけど本人に全部言うか⁉︎ ってみんな思ったもんな。結局リョータだけ抜けて。で、その後バンドもすぐ解散したんだよな。抜けた穴がデカ過ぎて」 「……意外」  黒歴史とは言わないけど、どう考えても今バラされたい過去ではなくて、気まずい思いで縮こまる。俺を見つめる凌太くんの視線が痛い。  あの時はあまりにも腹が立って部外者なのに言い返してしまったけれど、さすがにもう少し言い方を考えるべきだったとは思っている。  こんな些細なエピソードがなにかを思い出すきっかけになるとは思わないし、だからこそせめて凌太くんに新しく記憶に刻んでほしくないというのに。 「そういうのも全部忘れちゃったんだ? もったいない」 「確かに」 「そこはしみじみ頷かないで。忘れてていいから」  一人エッグタルトをつまみにビールの缶を煽る先輩。なんでも知っている上になにが嫌かもわかっている人の厄介さにため息を吐く。  むしろこの意を汲んだ上で無視する性格を目の当たりにして思い出してほしいくらいだ。 「あ、じゃああれ見てなんかヤバイなって気持ちになる?」  再びエッグタルトを子供みたいに鷲掴みにして口に放り込んだ先輩は、指を舐めながら視線で棚に並んでいるお酒のボトルを示した。 「……高そうなボトルですね」 「それは、そこの奴が俺を買収してきた酒」  お酒には詳しくないけれど、明らかに高そうなボトルが見せつけるように並んでいる。嗜好品というか、戦利品みたいな並べ方だ。 「凌太くん……朝生くんが、買収? なにを?」 「え、なに今凌太くんとか呼んでんの? 前まで朝生先輩としか呼べないとか朝生くんが限界だとか言ってたくせに」 「いやそれは……本人がその方がいいと」 「『蛍』『凌太くん』……なんで記憶なくなってからの方が関係進んでんの。面白過ぎない?」  凌太くんや俺の言葉を聞くたび、聞きたい答えからずれていくのがやりにくい。わざとやっているんだろうけど、欲しい答えにまっすぐ辿り着かせてくれないのがこの先輩の厄介なところだ。 「まあ、前の俺がどうして名前で呼んでないのかわからないくらいには蛍のこと好きなので」  そして凌太くんは凌太くんで真っ向から返すものだから、先輩が口笛を吹いた。 「ずいぶんと今は感情に素直になってるわけね。そりゃあ結構なことで。嬉しいだろ、月夜見」 「まあ、でも、普段とは違いすぎて……」  そりゃ好かれることは嬉しい。朝生くんの姿で、声で、愛を囁かれるのが嬉しくないわけがない。  ただあまりにも普段と違うから、素直に受け取っていいのかと戸惑ってしまうんだ。 「月夜見ってさ、リョータのことどう思ってる?」 「え? どうって……えっと、いつもなにしててもクールでかっこよくて、なんでも出来て、ギター弾いて歌う姿が芸術的に良くて作る曲は当然最高だし、メンバー思いで、普段は料理しないのに俺がヒートの時は出かける前に絶対食えって必ずご飯用意していってくれるし、俺にはあんまりデレてくれないけど本当はすごく優しくて、大好き、です」  突然の問いにも、朝生くんのことだと思えば答えはいくらでも出てくる。語れと言われればいつまでだって語れるだろう。ミャー相手にも喋りすぎないようにいつも気をつけているはずなのに、聞いてくれるものだからいつも油断して余計なことまで話してしまっている。そのせいでミャーが朝生くんのことを誤解しているから、もっとたくさんいいところを語らねばといつも思っている。 「もはや憧れのアイドルだな」  向かいで呆れる先輩、隣で若干引いてる凌太くん。  朝生くん自身は長年の付き合いである程度慣れているから、俺のこういう発言を聞いてもスルーする。ただ凌太くんに自身に言うのはあえて抑えていたから、早口で喋り出した俺に面食らっているようだ。 「これじゃあピンと来ないかもな」  俺の語る朝生くんの姿に首を傾げた先輩は、腕を組んでしばし考えた後芝居がかった動きで膝を打った。 「よし。とっておきの暴露をしてやろう」 「それは誰にとっての暴露です……?」 「そりゃあもちろんリョータよん。ほれ」  ニヤニヤとしか言いようのない笑みを浮かべながら、先輩がスマホを取り出しなにか操作をしてこちらへ向けてくる。凌太くんと一緒にその画面を覗き込むと、意外なものが映っていた。

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