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一線を越える 2
「……俺が小さくて可愛い子だったら、番になってみんなに紹介してもらえたのかな」
たとえ一番後ろでも会場で見たかったなと、改めて寂しくなってしまった。
ソファーからずべずべと滑り落ちるようにして頭の位置を落とす。
朝生くんを見上げるような身長で、もっと愛らしくて誰からも好かれて、実際人に会わせて自慢できるようなオメガだったら、ちゃんと番にしてくれたんだろうか。
メンバーさんたちはみんな朝生くんが俺を褒めてると言っていたけれど、そんなの面と向かって言われたことがないし、それだけ言っといて番にはしないなんてやっぱりおかしいと思う。
やっぱりなにか話が違うんだ。架空の自慢の恋人みたいな感じなのだろうか。
「……俺は他のオメガを知らないけど、他の子ってそんなに蛍より可愛いの?」
「普通は、もっとちっちゃくて可愛くて、すっぽり腕の中に納まるほど華奢な、守りたい感じじゃないかな。俺と正反対のさ」
「俺はずっと可愛くて美人って言ってるけど、そんな届かない?」
「凌太くん……」
睨みつけるような強い視線を向けられ、小さく息を飲む。
「素直に美人だし、背筋伸ばした姿勢の良さとか、レッスンとかジムとか仕事を全然大変だって思ってないとことか、記憶のない俺にずっと寄り添ってくれる思いやりとか、俺は蛍のそういうとこに惚れたんだけど、それじゃダメか?」
「ダメじゃないよ。嬉しい。……でも、それって刷り込みだと思うし」
褒められるのは嬉しい。今までそんな風にちゃんと言葉にして伝えられたことがないし、凌太くんにそう言ってもらえるのは本当に嬉しい。
けれどそもそもが普通の出会いじゃない分、その態度の土台の部分が本当に凌太くん自身のものかと不安になってしまう。
「ていうか、蛍にはもっと俺を見てほしい」
じっと見つめられて、あっと思った次の瞬間には唇が塞がれていた。
「ん……っ」
触れ方は違っても頬を滑る手は朝生くんと同じ。
……分ける必要なんてないのだろうか。
俺が、俺たちのことをラブラブな恋人だと言ってしまったことで凌太くんが最初から好意的に俺を見てくれるようになって、そのスタートの仕方に罪悪感を覚えていた。
でも、本当に朝生くんが外で俺のことを褒めてくれていたというのなら、俺のことを好きだと言ってくれる凌太くんと、改めて恋愛し直したっていいんじゃないだろうか。
こんな風に触れたがって求めてくれるなら、それが一番じゃないのか?
……だったら、自分の気持ちも一緒に確かめられる方法がある。
「なんか、歌聞いてたらすごく蛍のこと抱きたくなった」
覆いかぶさるように抱きしめられ、ため息混じりにそんなことを言われて背中を押される。
「……して、みる?」
言葉にするのは勇気がいったけど、その小さな音はしっかりと凌太くんに届いたみたいだ。
「いいのか?」
「ん。試してみたい」
驚いたように顔を覗き込まれ、頷く。
「本当に? 俺はちゃんと蛍のこと愛したいけど、本当に嫌じゃないか? 俺は蛍の『朝生くん』じゃないけど」
「朝生くんは朝生くんだもん。嫌なわけない」
忘れたとはいえ、朝生くんであることには変わらない。
窺うように真意を確かめる凌太くんに頷きを返せば、奪うように唇を塞がれた。
「んっ……ん」
ヒートでもなく酔っているわけでもなく長く離れていたわけでもない時にこんなキスをしたことがなくて、呼吸がままならない。こういう時、なにを考えてどう息をしていたっけ。
とりあえず朝生くんの歌声を耳にしながら事に及ぶのは恥ずかしいから、テレビを消そうとリモコンを手探りで探す。
「ん、あっ、ちょ、ちょっと待って」
するとそれより早くリモコンでテレビを消した凌太くんにその手を掴まれ、そのままソファーに押し倒された。
元々二人の体格で座るのを想定していた上に、いちゃいちゃできたらいいなという希望を込めて買ったものだから寝転がることはできる。
けれどここで実際することを考えると、さすがに無茶だろう。たぶん転げ落ちる。
女の子相手だったらここでも良かったんだろうけど、と小さく笑ってのしかかる凌太くんの肩を叩いた。
「ね、ベッドに行きたい」
一旦落ち着いて場所を改めましょうと提案して、そのままベッドに移ろうとしたんだけど。
「うわっ⁉︎」
ソファーを降りた凌太くんが、俺の体の下に両手を入れて、そのまま抱き上げた。まさかのお姫様抱っこだ。
「ちょっこわっ……!」
いくら標準より細いとはいえこの身長だ。抱き上げられるだなんて、したことはあってもされたことはない。
そのまま寝室に走る凌太くんの振動が怖くて、振り落とされないようにしがみつく。優雅とはいかず、ずいぶんと不格好だけど、実際はこんなものだろう。
それでも凌太くんは俺を落とすことなくベッドへと辿り着いた。最後は力尽きたようにベッドに下ろされたけど、お姫様抱っこはお姫様抱っこだ。
こんな経験したことない。
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