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砂上を歩く 2
「……」
走り出してしばし、俺は景色もなにもかもを無視して横だけを見ていた。
運転する横顔がなんてかっこいいんだろう。窓を開けているから風にそよぐ銀髪がまたかっこよくて画になっている。今のこの姿を動画に撮るだけでオシャレなMVになりそう。むしろするべきだと思う。
「なに」
「見惚れてるだけ」
「なんだよそれ」
さすがに視線が気になるのか、車のスピードが緩んだところで凌太くんがちらりとこちらを見た。
そして呆れたように呟いて視線を戻したかと思えば、前を見たまま口を開く。
「……新しい髪型」
「変?」
注意を向けられたのは、俺の髪。
本来なら最初に聞きたかったことだけど、車のことですっかり機を逃してしまっていた。その上で凌太くんは髪のことに触れなかったから、あまり好みじゃないかと不安だったんだけど。
「似合ってるけど、他の男に可愛くされたってのが気に食わない」
そう、まっすぐ前を見たまま拗ね顔で褒められて、一拍置いてからニヤついてしまった。良かった。可愛いと思ってくれたんだ。美容師さんの腕前に感謝。
「へへ、可愛くしてくれってお願いしたんだよ。お礼言わなくちゃ……んっ?」
初めての美容師さんだったけど次は指名しよう。そんなことを考えてニヤついていたら、運転席から伸びてきた手に耳をなぞられ、思わず吐息が漏れる。
「こういうのは、俺だけがしたい」
そして続いた破壊力抜群の囁きに体が震えた。
耳を触られるとぞくぞくはするのはもちろん、誰だって凌太くんの声で囁かれたら感じるに決まってる。合わせ技なんて卑怯だ。
もしかして、嫉妬とかしてくれたんだろうか。凌太くんならありえるのかな。
「気に入った?」
「後で写真撮る」
まだ少しむくれた顔のまま、それでも答えはイエスの意味で、心の中でVサインをする。やっぱり今度からこの美容師さんに担当になってもらおう。
「そういや、体、本当に大丈夫か? 眠かったら寝ていいからな」
「うん、大丈夫」
過保護なくらい俺の体を気遣ってくれる凌太くんは、やっぱり昨日のことを気にしているんだと思う。
ヒート期間ではない時は普通の男の体だから、抱かれることは負担がかかるだろうと、最初の頃は朝生くんもやたらと体を心配してくれた。まあ最近はほとんどヒートの時しかしないから、あまりその心配も聞かなくなったけど。
だからなんだか懐かしくて嬉しくなってしまう。
「やっぱ、朝生くんは朝生くんなんだな……昨日すごく気持ちよかったし」
なんとなく呟いてから、思い出して気持ちが洩れた。
するとそれを聞き取った凌太くんが、少しだけ口の端を上げる。
「蛍が感じやすいだけじゃなくて?」
「いやそれは正直、他の人としたことないからわかんないんだけど」
中学から朝生くん一筋で、オメガらしいオメガでもない俺は当然朝生くんとしか経験がない。だから昨日の凌太くんが上手かったのか、朝生くんの体だったからなのか、はたまた俺が誰としても感じてしまう体質なのか、真実はわからない。確かめようとも思わない。
「でも、凌太くんが気持ちよくしてくれたのがなんか嬉しくてさ。俺のことを想ってくれてるって言うのが直で伝わってきて、なんかすごく感激しちゃった」
「……今までは愛情感じてなかった?」
「もちろん朝生くんの愛は感じてたよ! でも、俺が感じてるものが本当にあるのか、わかんなくなる時もあったから」
メンバーさんとか先輩とかが言った朝生くんの姿が本当なのか、俺にはよくわからない。俺が勝手に受け取っていたものが、本当に朝生くんから渡されたものなのか確証がなかった。だからミャーに不安を洩らしたりもした。
「でも昨日思いきってしたことで、凌太くんが本当に俺を求めてくれるってわかって、新しいスタートが切れる感じがしたんだよね」
「新しいスタートか……いいな、それ」
今までのことは確かめられないからわからないけど、新しい一歩を踏み出すことはできたと思う。そして次の大きな一歩が今日のデートだ。ちゃんと、恋人同士を始めるための大事なデート。
「ほら、海見えてきたぞ」
凌太くんの声で外を見ると、そこには俺たちを迎え入れるような大きな海が日差しでキラキラ輝いていた。
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