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砂上を歩く 4

「どう?」  「……さっすが」 「ふふふ、本職ですから」  そもそもウォーキングのスタートは朝生くんとの練習だった。  朝生くんに背中を押されてモデルをやるようになったけど、なにもかも初めてで、ウォーキングの練習もどうやっていいかわからなくて。その時朝生くんが平均台のある珍しい公園を見つけてくれた。  置いてあるものが独特だったからかあんまり人がいない公園の端に設置された、細くまっすぐな平均台。そこで視線も姿勢もふらつかずまっすぐ歩ける練習をした。  あの時も、朝生くんに向かって下手くそなウォーキングを見せたっけ。あの頃はそういうのも付き合ってくれてたんだよな。  なにか曲があった方がイメージしやすいだろうと、その場でアプリで適当な曲を作ってくれたのがまたかっこよかった。  そして俺が足元をふらつかせるたび指摘してくれた。余計なこと考えてると周りが見えなくなって足元がおろそかになるって。今考えれば俺の態度についての指摘だったのかもしれない。  後々ちゃんとレッスンに通うようになったけれど、その経験があったから姿勢の良さは最初から褒めてもらえた。初めてのショーの時も、朝生くんが練習に付き合ってくれたんだからと思えば過剰な緊張はしなかった。  モデルの基礎となる大事な思い出だ。 「そういえば……」 「なに?」 「……ううん、なんでもない」  あの公園どの辺だったっけ、と聞きかけて言葉を飲み込んだ。  今の凌太くんはそんな思い出を持っていないんだ。聞いたところで困らせるだけ。  首を振って言葉を飲み込むと、不思議そうな顔をした凌太くんが小さく息を吐き出し肩をすくめた。 「プロの仕事をこんなとこでさせちゃダメだな。今度はちゃんとファッションショー見に行くからさ。真正面でずっと声かける」 「見に来てくれるのは嬉しいけど、それはなんかマッスル的な大会っぽさが出るなぁ」 「美人! 仕上がってるよ! こっち向いて! 輝いてるよ!」 「そんなの笑っちゃうよ」  ボディビルの掛け声を真似して、口元に手を当てて叫ぶ凌太くんに噴き出してしまう。美声なのがよりおかしい。  そういえばまだ仕事を始めたばかりの頃に見たいと言われた時は、朝生くんがいたらショーよりも緊張しそうだからって断ったんだった。  今だったらちゃんと見てもらえるだろうか。  そんな思い出ばかりが次々と蘇ってきて、困ったものだと天を仰ぐ。 「蛍、キスしたい」 「だからそんなこと言われたら……え?」 「したい」  掛け声のノリがまだ続いているのかと視線を落としてつっこもうとしたけど、どうやら違ったみたいだ。手招きされて近寄ると、伸ばした両手に顔を包まれそのままキスされた。 「……見られるよ」 「別に見られたって構わないだろ」 「見られたら構う仕事してるんだよ凌太くん」  そりゃ凌太くんは実感がないかもしれないけど、事実ヒネモスのリョータは人気者だしどこにファンがいるかわからない。ただでさえ目立つ容姿をしているんだから、気を付けてもらわないと。  ……とは思うけど、もう一回と唇を寄せられれば応えてしまうから俺も現金だ。  だって誰もいない海岸で、波の音を聞きながらキスなんてロマンチックすぎるじゃないか。まるで曲の中の登場人物になったみたいだ。こんなの今までじゃ絶対ありえなかったから、ついつい調子に乗ってしまう。  こんなご褒美があれば、どんな仕事だって頑張れそうだ。 「蛍はさ、もっとでかい舞台立ちたいと思わないのか?」  まだ唇が触れる距離で、凌太くんはふと思いついたような疑問を投げかけてきた。 「……自分のレベルはわかってるよ」  凌太くんの言うでかい舞台がどんなものかはわからないけど、自分のことはわかる。  ミャーが持ってくるオーディションの話も、どれだけ場違いかも。

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