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砂上を歩く 5

「そもそも朝生くんがやってみたらって言ってくれるまで、人前に立とうなんて思わなかったし」 「目立つのが嫌いなのか?」 「嫌いっていうか、向いてない? だってほら、俺オメガだし」  その印である首輪に触れて、肩をすくめる。  本当はもっと自信を持って仕事に臨まなきゃいけないのだろう。ミャーを見ているとわかる。自信に溢れているミャーは外から見ていても輝いていて、だからこそ人の目に止まる。  でも俺は自信なんかない。やりたいという強い思いより、流れ流されて今の場所に来たから、余計周りとの意識の差が際立つ。特にモデル以外にも色々こなすミャーや、才能に溢れて好きなことを仕事にしている朝生くんを見ると、自分がたまたま紛れ込んでしまった一般人なんだという思いが強くなる。  唯一目立つ特徴の身長だって、オメガとしては高いけどモデルとしてなら平均より低いくらい。  だからこそジムに行ったりウォーキングのレッスンをしたり身なりを整えたりとできる努力はしているし、ありがたいことにバイトをしなくても食べられるだけの仕事はもらえている。オメガのモデルが珍しいと使ってもらえることもある。それで十分なんだと思う。 「普通の努力だけじゃ才能がある人には届かないんだってちゃんとわかってるって」 「努力できるのも才能だと思うけど」 「努力は努力だよ」  才能を努力で伸ばすことはできても、努力で才能を作り出すことはできない。それはアルファの二人が身近にいる俺には痛いくらいわかる事実だ。 「俺は、蛍はモデル向いてると思う」 「俺が美人で背高いから?」 「そう」  ふざけたつもりなのにはっきり頷かれて言い返せなくなってしまった。そこはつっこむところなのに、そんな当たり前のように肯定しないでほしい。そもそも朝生くんもそんな言い方で俺にやればと勧めてくれたし、俺もそれに乗ったんだけど。  本当に俺は朝生くんに人生を作られている。もっと責任を持ってほしい。 「それで、美人のモデルさん。腹減ってる?」 「減ってる」  砂浜を走ったし色々考えたおかげですっかり腹ペコだ。嘘をついても仕方ないし食い気味で答えれば、凌太くんは微笑んで駐車場の向こうを指差した。風にはためくのぼりには海鮮丼の文字が躍っている。 「そこ、行かないか?」 「俺ちょうど海鮮丼食べたかったんだ!」  お世辞じゃなく本当に食べたいものだったから飛び上がって答えれば、今度こそ噴き出すように笑われた。 「知ってる。テレビ見て言ってたから」 「え、そんなの言ってた?」 「自分で気づいてなかったのか? 口から洩れてた。おいしそーたべたーいって」 「え、マジで覚えてない」  そういえば少し前にそんな特集を見たかもしれない。いつだったか覚えていないけれど、どうやらその時に無意識のうちに呟いていたらしい。なんて恥ずかしいところを見られていたんだ。 「行くか。ご希望の海鮮丼」 「やった!」  凌太くんに見られていたことは恥ずかしいけれど、覚えててくれたのは嬉しい。だから素直に喜んで、脱いだ靴を回収に行った。海に行くことを決めた時点で、もしかしたら入るかもとタオルだけ用意していたから砂まみれの足を拭いてから行こう。むしろ少しくらいの砂は我慢してさっさと行くべきか。 「すごくデートっぽいね」 「ぽいじゃなく、デートだろ」 「……へへへ」  海で遊んでお昼は海鮮丼。デートだなぁと洩らせばそうだろと返ってくる幸せ。  ……ニヤニヤと浮かれすぎた罰は、その後不意に訪れたのだった。

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