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砂上を歩く 6
「あー食べた食べた。美味しかったねぇ」
食事を済ませ、店から出て駐車場の車まで歩く、その途中のことだった。
「ぎゃー!?」
バケツを引っくり返したような雨とはまさにこのことを言うのだろう。
お店から車に辿り着くまでのちょっとの間に、逃げようのない土砂降りに降られ、あっという間にびしょ濡れになってしまった。
お店に戻ることもできず車の中に逃げ込んだけど、かなり手遅れ感がある。すでに濡れてないところがないくらい全身が濡れていて、座るのも憚られた。
「びしょびしょ……。タオルあるけど、これシート大丈夫かな。……っくしゅん!」
元から海を目的地としていたからタオルは持って来ている。バッグに詰め込んでいた大きめのタオルを凌太くんに渡しながら自分もとりあえず拭いてみるけど、なにもかも足りない。
もはや自分はいいから借り物の車だけは汚さないようにしたい。けれど水は滴るしくしゃみも出る。
くしゅんくしゅんと何度かくしゃみが続いた後、凌太くんが乱暴に頭を拭いていたタオルから顔を覗かせた。
「なあ、蛍。明日の仕事、何時から?」
「ん? お昼スタートだから遅めだよ」
「そうか」
短い返答の後、シートベルトをした凌太くんはすぐに車を出した。
さすがにこれじゃあデートは終了だろうか。せっかく楽しい時間だったのに、俺と朝生くんのデートはゲリラ豪雨が降るほど珍しいものなのか。
テンションが急降下していくのを感じながら外の雨を眺めていると、雨の隙間に建物が見えた。通り過ぎるのではなく、近づいたそこは。
「……ん? え、ここって」
「風邪引いたら困るからな」
入り口に料金表が見えた。
独特の建物と駐車場。確かに手っ取り早くシャワーを浴びられるし雨宿りがてらの休憩もできていいかもしれないけど。明日の仕事の時間をチェックされた上でデート中に寄るのなら、つまりそういうことなのだろうか。
「シャワー浴びるだけ……?」
「でもいいけど」
なんでこちらが一応の確認をしているのかわからないけれど、どちらともとれる答え方をした凌太くんは俺を促して車を降り、外からは見えない入り口から中に入った。
若干古めかしく薄暗いロビーで迷うことなく部屋を取り、エレベーターでその階に向かう凌太くん。手を繋がれていなかったら思考と一緒に置いてきぼりになっていただろう。これも凌太くんにとっては生活上の知識なのだろうか。それとも優柔不断な俺からしたら考えられないくらい決断が早いだけか。
こういう場所は、学生の時にほんの数回だけ使ったことがある。だからこそ、やにわに緊張してしまう。
「なに突っ立ってんの。本当に風邪引くだろ」
部屋に入ってすぐ風呂場に引っ張り込まれて、あっという間に服を脱がされる。濡れた服は張り付いて脱ぎにくかったけど、凌太くんの手にかかれば呆気ない作業だったらしい。
すぐになにも身につけずに飛び込んだ風呂場で、シャワーの当たる音を聞いて古い記憶が蘇った。
「あ……」
雨の後。一緒にシャワー。
それだけで一気に耳まで熱くなって、誤魔化すようにシャワーの雨に頭を突っ込んだ。冷えた体がじわじわ温まっていくのは、お湯のせいだけじゃない。
とりあえずお湯を被るだけ被って凌太くんに交代、と退こうとした俺に聞こえた小さく笑う声。
「エロい顔してる」
「ううう、だって」
後ろから指摘されて、恥ずかしさに呻く。
前に凌太くんの介助をするために一緒にお風呂に入った時にも思い出した、大学時代のエピソード。
今みたいに雨で濡れた後、一緒にシャワーに入ってそのまま致したことを。そしてそれを思い出して鼓動が早くなっていることを、たぶんわかられている。
「ちゃんとあったまってからな」
その上で弱い耳に囁かれ、かーっと体が熱くなった。
求めてしまっていることに気づかれていることだけで恥ずかしいのに、これからを匂わされている。
だってそれって、温まったらすると言われているようなものじゃないか。
もちろんこんな場所でこの状況になったらバカ正直にシャワーだけなんて思ってないし、思いきり期待もしてるけど。
改めてそれを言葉にされると、俺だけが発情しているみたいに聞こえる。実際そうだとしても、恥ずかしいことこの上ない。
「あったまったら言って。出るから」
「ううぅー……」
壁に手をつき顔を見せないようにシャワーを浴びていたとしても、くっつかれれば俺の体が熱くなっているのも鼓動が早いのも全部バレる。
だってそれは心の準備ができたら言えというのと同義語だ。
しかもそんな言葉を後ろから囁かれたら俺が耐えられるわけないとわかってやってるんだ。自覚がある分タチが悪い。
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