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迫る現実 1
次の日、ラブホで目覚めた俺たちは、交互にシャワーを浴びてからホテルを出て、朝ご飯を食べた。そして凌太くんの運転で直接仕事場に向かう。
俺は一度家に戻ってから改めて出かけるつもりだったけど、凌太くんが俺の体を心配して車で送ってくれたんだ。なんと優雅な時間だろうか。
「送ってくれてありがとう」
長い時間一緒にいたから、別れるのが惜しい。
今までだって出かける時は離れがたい気持ちで声をかけるけど、いつもの朝生くんは大抵寝てるか塩対応だからこんな風に俺が行くまで待ってくれたりしない。だからこそ余計後ろ髪を引かれてしまう。
「……たまには、見てったりする?」
「蛍が仕事してるとこ?」
窺うように問いかけたのは、いつもなら断られる誘い。
凌太くんには情けないところばかり見せてしまっているし、少しぐらいかっこいいところを見せたい。そんな欲を少しばかり口にしてみたら、凌太くんは数度まばたきをしてスタジオの方に視線をやった。
「見てみたいけど、俺部外者だしな」
「え、見てく? うそ、本当に?」
「入っていいなら見てみたい」
「マジで? 大丈夫だと思うけど聞いてみる。ちょっと待ってて! すぐ来るから!」
断られる前提で聞いたから、まんざらでもない凌太くんの様子に動揺してしまった。自分で言いだしたことなのにここまで意外に思うのはどうかと思うけど。
思ったのとは違う返事に驚いて、早口でまくし立てた俺はスタジオへと飛び込んだ。
慣れた現場だしスタッフさんも知り合いだし、明らかに一般人じゃない凌太くんなら見学くらい断られることはないだろう。
その目論見は見事的中し、なんとも簡単に凌太くんを中に招くことができた。
車をスタジオの駐車場に停め、凌太くんを引き連れて再び現場入り。
必要以上に大きな声で挨拶をしながら歩く俺より、後ろからついてくる凌太くんの方が堂々としていてメインのモデルみたい。そもそもアルファのモデルの方が多いし、凌太くん自身覚えていなくてもこういう撮影はいくつもこなしているから、スタジオが似合うのも当然なのかもしれない。羨ましいことだ。
「この辺にいて。俺ちょっとメイクしてもらってくるから」
とりあえず前の撮影が始まっているスタジオの端にイスを置いてもらって、俺はメイクへと走る。
仕事の現場に凌太くんがいるなんて、珍しすぎてテンションがわからない。ただ恥ずかしいところは見せられないぞと軽く両頬を叩いた。気もそぞろなんてことにならないようにしなくては。
「蛍」
「あ、ミャー。お疲れー。早いね」
ちょうどヘアセットとメイクが終わったところで聞き慣れた声が俺を呼んだ。
派手な髪でラウンド型のサングラスをずらしたミャーが覗いている。私服もわりと派手めだから、ミャーはどこにいても目立つ。
俺の後の撮影予定だったと思うけど、俺が先にいる時はいつも顔を出してくれる。オメガのモデルは珍しくてなめられやすかったから、昔からなにかと傍にいてくれるんだ。俺もそれだけ立派な体躯と華があったら、もう少し自信を持てるのに。
「なんか今日調子良さそうだな。顔がいつも以上に可愛い。俺に会えたから?」
「ふふふ。いいことあったからかな」
「いいこと?」
更衣室に移る俺と一緒に移動してきたミャーに、抑えきれない笑みを向ける。
「凌太くんがね、俺の仕事してるとこ見たいって」
「……来てんの?」
「うん。だから今日はいつも以上に気合入れてかっこいいとこ見せなきゃ」
「ふぅん……」
凌太くんが来てるなんて意外だろうから、そりゃあリアクションもしづらいだろう。だって呼んだ俺が予想外だったんだから、ミャーだって不思議に思うはずだ。なんせ普段から俺が話す朝生くんのことを知っているし、記憶喪失になったという話まで知っているんだ。その人がわざわざ俺の仕事を見に来ているのだ。意外というほかない。
実は昨日のデートからずっと一緒にいるのだと聞いたら、大層驚くことだろう。さすがにそこまで言いやしないけど。
「蛍は変に気合入れると空回るからいつも通りにな。むしろ力抜くくらいでいいよ」
「あ、うん。そうだね」
俺の背筋を伸ばすように腰を叩くミャーに、首肯して大きく息を吐いた。
いつも傍で見ててくれるミャーのアドバイスは、確かにと言うほかない。
想像せずともわかる。俺がかっこいいところを見せようとして失敗している図が。
そうだな。いつも通りでいい。
改めて深呼吸をして気持ちを切り替えると、衣装に着替える。先の発売に合わせた初夏の服だから、まだ少し寒い。けれどスタジオの撮影だからそれほど気になることでもない。むしろ昨日、風邪を引かないようにと早めにシャワーを浴びる選択をしてくれた凌太くんに感謝だ。
用意を終え、スタッフさんと軽く打ち合わせをしてからカメラの前へ。照明のテストをしてから、すぐさま撮影に入る。
シャッターが切られるごとにポーズを変え、表情を変える。
昔は次々とポーズを変えることも自然な笑顔も苦手だったけれど、さすがに慣れた今では考えずとも自然にこなせるようになった。
これだって鏡の前で練習する俺に、他の奴を見てみろ、観察して盗めと朝生くんがアドバイスをくれたおかげだ。
つくづく俺は朝生くんの言葉でできている。
しみじみとそれを感じて、撮影した写真をパソコンでチェック中に凌太くんの方を見てみれば、視線がかち合って照れてしまった。すごい。そこにいる。見てくれてる。
少しはプロっぽく見えているだろうか。
ヘアセットに普段着ないタイプの服を合わせているから、いつもとは雰囲気が違うはずだ。かっこいいと思ってくれてるといいんだけど。
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