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手を取る、繋ぐ 1
どうやってここに辿り着いたのかわからない。
いつの間にか、足が向かう方に従ったらここに来ていた。
時間のせいもあるかもしれないけれど、相変わらず人のいない公園。
街灯が少ないせいで灯があるところが限られているからか、夜はあまり近寄りたい場所ではないんだろう。
その公園の奥、まだそこにあった平均台に座って両足を伸ばす。低い台だからほとんど地面に座っているのと変わらない状態だけど、それでも座ってやっと少し落ち着けた。
ミャーの言ってることは全部正しい。俺が見られなかった現実をちゃんと見て言ってくれた。
それにお世辞だとしても一緒に海外のショーを目指そうとしてくれたのも嬉しかった。
……だけど、ミャーが俺に友達以上の好意を持っていたことは知らなかった。いや、意識外では気づいていたのかも。益体もない俺の話にいつも付き合ってくれて、そこに好意がないとはさすがに思わない。だけど、まさかオメガとして見られているとは思わなかった。
なんで、と正直言いたい。
だってミャーは真っ当なアルファで、仕事も順調で引く手あまたのモテ方をしていて、その人がどうして俺みたいなオメガをわざわざ番にしたいなんて言うのだろう。
わからない。頭の中がごちゃごちゃで、悩みも考えもなにもまとまらない。
「どうしたら、いいんだろう」
大きく息を吸い、ゆっくり吐き出した自分の声がやけに響く。
色んなことすべて、どうしたらいいかわからない。誰かに相談もできない。
まさしく今みたいに行き先が真っ暗で、どこになんの道があってどう進んだらいいのかがわからない。そもそも自分の足元さえあやふやなのに、朝生くんのことも将来のこともどう考えていいのかなんてわかるわけがない。
「海外かぁ……」
息を吐き出すのと一緒に伸ばした両足に向かって両手を伸ばし、そのままぺたりと体を倒す。昔は硬かったけど、コツコツ毎日続けたらいつの間にかここまで前屈できるようになった。
毎日のストレッチに加えてジムで体力を養ったしウォーキングもポージングも練習はしてきた。雑誌の撮影も好きだけど、やっぱりショーの空気感は独特で、程よい緊張感と高揚感がたまらなく好きだ。新作の服を身にまとって歩く時だけは自信が持てた。それに誇らしかった。
ただ、やっぱり海外なんて無謀だ。というか現実的に考えられない。
オメガのモデルということ以外取り柄なんかないし、なにがなんでもやってやるという気概もない。ただでさえ格上のライバルが山ほどいるのに、そんな俺が通用するわけがないとわかっている。
なにより凌太くんと離れたくない。
だって俺のいない間にミャーが言ったみたいな運命の相手が訪れたら?
本物の可愛らしいオメガに、俺は敵わない。
モデルとしても恋人としても全部中途半端で自信がない。
……今までは一緒に過ごしてきた少なくない時間が頼りだった。でもそれもなくしてしまった。
「無茶、無謀……依存してる。うん、好きだって気持ちに依存してる」
自覚はある。
だって俺の人生ずっと朝生くんを追っかけてきた。高校も仕事も作る料理も聞く音楽も与えられる快感も。
それを全部変えるというのは難しい話だ。……でも、今の凌太くんは俺との思い出はなにも持っていない。これから作っていけばいいと思う。でもそれを決めるのは凌太くんで、関係は全員フラット。俺だけじゃない。
そんな中で改めて選ばれる自信なんてない。
だからと言って、俺のことを見てくれている優しいミャーに乗り換える、なんて都合のいいこともできない。だってミャーは友達で、それ以外の関係は考えることができないから。
ただ、真剣に伝えてくれた気持ちにはちゃんと答えなくてはと思う。それに、心機一転海外でちゃんとモデル業に専念するという考えも、俺からは絶対に出てこない案だから新鮮だと思った。それはそれで、もしかしたら楽しいかもしれない。大変なのはわかっているしたくさん上手くいかないこともあるだろうけど、それでも魅力的には違いない。
なんにせよ曖昧な態度は良くない。だって今まで黙っていた気持ちを今のタイミングで伝えてきたのは、俺がわかりやすく揺らいでいたからだろう。それぐらい凌太くんへの気持ちが頼りなく見えていたんだと思う。
俺としては一線超えて少し吹っ切れた気持ちでいたけれど、当然前と同じくらいの愛情は示せていない。甘やかされて褒められるのは嬉しかったけど、だからこそそれでいいのかという気持ちが強いんだ。
俺にとっても、凌太くんにとっても。
「揺らがず、まっすぐ」
その言葉で思い出した平均台を撫で、それから立ち上がって端に上った。
撮影でヒールを履いた時のような、少しだけ目線が変わる感覚に懐かしさを覚える。その感覚に押されるように一歩踏み出した。
今なら普通に歩けると思った。それなのに実際歩いてみれば、思ったよりも進めず一歩歩くごとにぐらぐらする。
レッスンではそれぞれの足のまっすぐを進むようにと言われているけれど、実際段差のある一本道になると勝手が違う。
「意外と難しい、な」
ほとんど埋まっているような低い平均台なんてもっとスムーズに歩けるかと思ったのに、全然思うように足が出ない。気持ちの問題だろうか。昔はもうちょっとなめらかに進めていた気がしたのに。
それにしても、暗い公園の中でこんなことしているなんて不審者でしかない。
警察に声をかけられたらなんて説明しよう。ウォーキングの練習をしていました、で納得してもらえるだろうか。
そもそも今何時だっけ。
帰らなきゃ。でもなにも結論が出ていない。でも電話しなきゃ。なんて?
「……ッ!」
ぐるぐる回る思考に気を取られた瞬間、ずっ、と足が滑ったのがわかった。
ちょっとした段差だと思って油断していたけれど、しっかり足が落ちる分の高さはあって、その足がさらに地面をとらえきれず体が傾いで。
一瞬のことで手も出ず踏ん張ることもできずにそのまま転ぶ、と思った時だった。
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