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手を取る、繋ぐ 2

「だから」  静かだけど強く咎める声。それとともに地面に転がるはずだった体を抱き留められて、とっさに閉じた目を開ける。 「考え事しながら歩くと足元おろそかになるの本当に変わんねぇな」  一歩引いてバランスを崩した俺のことを受け止めてくれたその人は、呆れた口調でそんなことを言った。  まるでヒーローのような登場の仕方だけど、若干息が乱れているせいで焦って受け止めてくれたのはわかった。  いるはずないのに、その美声を俺が聞き間違えるはずがない。 「……なんで?」  偶然で辿り着ける場所じゃない。  この話はしていないし、そもそも俺自身がよく場所を覚えていない。その上ここは公園の奥で外からは見えない場所だ。  だからこんなタイミングよく、偶然現れるところではないのに。 「本気で悩むとここに来るだろ、お前」  その人は当たり前のように、俺さえ把握していない切羽詰まった時の行動を告げた。 「……覚えてるの?」  ここのことは話していないし、なんならその行動パターンを気づいてもいなかった。それなのにここにやってきたということは、公園の存在自体を覚えているということだ。  覚えている。忘れていない。  抱き留められたままの格好で呆然と呟く俺に、凌太くんは苦い顔をしただけで否定をしなかった。  だって記憶がなかったらここの思い出もこの場所も、そして俺がここにいることもわからなかったはずだ。  ということはつまり。 「え、なんで? 記憶喪失は? 嘘だったの?」 「嘘じゃねぇよ」 「思い出したってこと? それとも記憶喪失は一瞬だった?」 「空白の期間はある。落ちた直後のことは覚えてないし、その間に俺がなに言ったのかも知らない。ただ、それ以外を思い出しただけ」 「いつから……?」  病院では本当に俺を知らない目をしていたし、ずっと態度が違っていたから別人のように感じた。  それこそ記憶があったら、今まで通り俺をメンバーに会わせていないだろう。  だったらいつから記憶が戻っていたのか。  俺の問いに対して、凌太くん……いや朝生くんは口をへの字にして頭をバリバリ掻いた。それからさっきの俺のように平均台に腰を下ろす。  座るところが低いせいでヤンキー座りしているみたいだ。見た目に迫力があるから、これならまず人は近寄らないだろう。でもそれは、俺の知っている朝生くんの雰囲気だ。  引っ張られて、俺も隣に腰を下ろした。朝生くんから視線が外せないから、その視線が突き刺さるのだろう。気まずそうな顔をした朝生くんが、ため息をついてから口を開く。 「……落ちた後のことは、本当に覚えてない。だけどその後なんかわかんねーけどものすごくイライラして、『俺のものに触んな』って思って目が覚めた。ら、お前がケツ上げて誘ってた」 「えええええ、なにそのタイミング!?」  真剣な話だと思って耳を潜めて聞いていたのに、驚きすぎて大声を上げてしまった。人のいない公園の暗闇に響いて、すぐに口を押えて反省したけれど驚きは消えない。  一番気まずくて意味のわからないタイミングじゃないか。こういうものって、もっと感動的なきっかけがあるんじゃないのか。  だってそれは凌太くんと初めてした時のタイミングだ。  朝生くんの知らない普段の姿を聞いて、ライブのDVDを見て、それからベッドに移った後。  ……思い返せば確かに変な間はあった。後ろから、なんてことまで調べていたのにいざとなるとなかなか先に進まないから、おかしいなと思って声をかけた。あの時だったのか、記憶が戻ったのは。  そりゃ大層戸惑っただろう。朝生くん的には記憶が飛んでいて、いきなりそのシーンだったのだから。変な間があったのも当然だ。 「たとえ自分だとしても記憶がないなら別人だろ。抱かせたくなかったんだよ、お前のことを」 「わぁ……」  そして付け加えられた理由になんとも言えない声が洩れた。  どうやら、凌太くんが俺を抱こうとしたから、危機感を覚えて元の朝生くんが戻ってきたらしい。だからこそ、あのタイミングだったのか。   ……そうか。じゃあ俺、ちゃんと朝生くんに気持ちよくしてもらっていたんだ。  誰にでも感じてたわけじゃなくて、朝生くんだからこそ気持ち良かっただけなんだと判明して、なんだかわからない安堵の息が洩れる。

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