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手を取る、繋ぐ 3
「状況はわかんねーけど誘われてたから、とりあえずヤってから、お前が寝た後で真昼に連絡した」
「とりあえず」
「するだろ、あの状態だったら。まあお前は気づかなかったみたいだけど」
「だってあんな状況で後ろからされるのに違和感なんてわからないよ。ただ朝生くんの体だから気持ちいいのかと思ってた」
「どういう信頼感だよ」
呆れた口調にニヤニヤしてしまう。朝生くんだ。この雑で心地よいつっこみはいつもの朝生くんだ。
久しくなかった感覚に、口元がにやついてしまうのを引っ張って抑える。ちゃんと聞かなきゃいけない話だ。
「まあともかく、電話で色々聞いた。俺が木から落ちて記憶なくしてたこととか、二人してメンバーに会いに行ったこととか、色々バラされたこととか」
「……もしかして、『ふざけんな』って怒ってたのって」
「ベラベラ余計なこと喋るから。しかも俺は俺で記憶がないうちにお前のこと名前で呼んでるとか言うし」
イタズラ電話と言っていたあの時か。
今までほとんどスマホを使っていなかった凌太くんが電話をしていて、起きてきた俺に驚いていた。その時に真昼さんに電話をして事情を聞いていたのだろう。
だったらもう少し話を聞きたかっただろうに、俺が起きてきてしまったから嘘をついて切ったのか。
思い返せば気づくタイミングはあった。でもその後がその後だったから、記憶が戻っているかもなんて疑いもしなかった。
「あと、お前が髪切りに行ってる間に夕凪さんにも話聞いた。会いに来いって言われたら行ったら、大体先に聞いたのと同じような話をされた上でめちゃくちゃニヤニヤされたし、なんか録音聞かされた」
「それは、ごめん」
あの人のところに行ったら面倒なことになるとわかっていて行った俺の責任だ。脅迫材料を与えてしまった。たぶん後でまたなにかしらの要求が来るだろう。そればっかりは本当に申し訳ない。
「でも、先輩のとこ選んだのは俺だけど、そもそも周りの人の意見聞こうって言い出したのは凌太くんだよ」
「俺なにしてんだよ……」
「そのおかげで、いっぱい信じられない話聞いたし。凌太くんが言わなかったら二人で会い行くなんて思いつかなかったもん」
「聞いたことは忘れて。マジで」
朝生くん的にはよっぽど知られたくない話だったのか、頭を抱えている。残念ながら忘れる気はまったくないけれど。
ただ、それで情報収集をして大体の事情を掴んだのなら余計わからないことがある。
「でも、なんで黙ってたの? 記憶が戻ったんだったら教えてくれれば良かったのに。それに、戻った後になんで凌太くんのふりを」
思い出した時点で言ってくれれば良かったし、俺に都合のいいおかしな環境に付き合う意味なんてないはずだ。
なんでデートしたり優しく抱いたり、普段ならしないようなことばかりしていたのか。
「いいタイミングかと思って」
「どういうこと?」
「名前で呼ぶのとか、可愛いって思ったまま言うのとか、そういうやつ」
そっぽを向いた朝生くんが、ぼそぼそと呟く言葉はとても予想外のもの。
凌太くんとしてならまだわかるけど、どうして朝生くんがそんなことをするタイミングをその時だと思ったのか。
「……まるで前からしたかったことみたいに聞こえるんですけど」
「そりゃそうだろ。そんなもん可愛がりてーじゃん。自慢の恋人だし」
「ふぇ⁉︎ 自慢なの?」
聞き間違いにしてははっきりと聞いてしまった。自慢の恋人。
朝生くんの口からちゃんと「恋人」と言われるのも珍しいのに、自慢だなんて一体どんな夢を見ているんだ俺は。
「なにを今さら。奴らに聞いただろ? 俺が普段どうお前のことを自慢してんのか」
「聞いたけど、なにかの間違いかと思って」
「どういう間違いだよ」
「いやだって、な、なんで? なんで周りに言って俺に言ってくれないの? てっきり朝生くんは俺のことなんて大して好きじゃないと思ってたのに……」
「同棲持ち掛けたの俺だぞ?」
俺が驚いていることに不服そうに口を尖らせる朝生くん。
確かにそうだけど。
あの時だってドッキリじゃないかとか、シンプルに嘘じゃないかとかずっと疑っていた。
絶対なにかオチがあるはずだと、実際の引っ越しの時までいつでも帰れる準備をしていたくらい。
「でも、だったらなんで俺に直接言ってくれないの? どうして記憶喪失のふりして優しくしたの? 全然わかんない」
わざわざ記憶が戻っていないような態度を保ったまま、普段はしない甘やかしをいっぱいされた。本当にそうしたいと思っているのなら、最初から態度で示してくれればいいのに。
「いや、正直になって幻滅されたくねーので」
「幻滅? 俺が? 朝生くんに?」
さっきから全然目を合わせてくれない朝生くんの顔を無理やり覗き込むと、さすがに視線がこちらを向いた。けれど表情はふてくされたままだ。この顔は高校生の時から変わらない。
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