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手を取る、繋ぐ 5
「それもあるけど、ああいう場に来ると色々危ないだろ。ただでさえ目立つのに、オメガってことで面倒に巻き込まれたら困るから。……あと、お前にいられるとファンのために歌えなくなる」
思っていた理由と全然違うどころか、過保護すぎてまるで親みたいだとつっこもうとしたけれど、最後に付け加えられた言葉にすべてを飲み込んだ。
「なにそのかっこいいの」
「そういうの」
まるで朝生くんの曲の歌詞みたいだと照れるより先に感動したら、叱るようにして指先で鼻を押さえられた。
「お前はすぐそういう言い方をする。だから、なにならかっこよくてなになら格好悪いのか、どういう態度をしたらお前の好きな俺でいられるのか、そういうの考えてたら素直に可愛がれなくなってたんだよ。途中で態度変えんのも不審がられるかもと思って」
「俺がクールでかっこいいって言い続けてたから、クールでかっこいい朝生くんでいたの?」
例えば一度別れたり、進学や就職で離れることがあったのなら、それがきっかけになったかもしれない。
けれど俺たちはお互い普通じゃない道に進んだせいもあって、関係が途切れることがなかった。だから朝生くんはずっと俺の憧れの朝生先輩のままで、恋人の朝生くんに切り替えるタイミングがなかったらしい。
でも、朝生くんがそんなことを考えているなんて、当然俺は夢にも思わなかったわけで。
朝生くんが、そこまでちゃんと俺のことを好きでいてくれたなんて、本当に思わなかったんだ。
「好きなんだろ、そういう俺が」
不貞腐れるみたいな言い方で、俺の言葉を肯定する朝生くんに、一気に抑えきれない感情が湧き上がってきた。
「好き。え、大好き。なにそれすごい好き。すごい可愛い。朝生くんはどんなに可愛くてもかっこいい。惚れ直しちゃう。大好きすぎる」
「お前ってさぁ……」
「どうしよう。すごい好き。もっと早く言ってほしかった。俺、どんな朝生くんでも好きだと思ったけど、今の朝生くんが一番好き。くらくらしてきた」
「……そんなもん、俺の方が好きだろうが。好きな奴にかっこいいとこしか見せたくないのはそういうことだろ」
「朝生くんは全部かっこいいよ。本当に、ずっと。今めちゃくちゃ抱かれたい」
気持ちが止められない。朝生くんへの想いが溢れて体が火照る。
俺やっぱりこの人が大好きだ。
記憶が戻ったことを黙っていたことなんて、全部プラスにしかならない。『凌太くん』としてのロールプレイは俺にとって得しかなかった。それも全部、凌太くんが引き出してくれたことかと思うと、お礼を言えないのが歯がゆいくらい。
「ね、キスは? ダメ?」
さすがにこんなところで迫るほど無鉄砲ではないけれど、せめてキスくらいはしたい。その思いを込めて顔を近づけると、奪うようなキスをされた。
首の後ろに回された朝生くんの手が首輪に触れて、それだけでぞわぞわと体がざわめく。
そんな、足から力の抜ける気持ちよさに浸れたのは残念ながらほんの一瞬。
「……今はここまでな」
今さらだけど、ここは公園だ。真っ暗ではあるけれど人が通りかかるかもしれないし、俺たち二人ともこっそり隠れられる身長と体格ではない。
だからしてくれただけで嬉しいし、やめるのもわかる。むしろ、こんな先を匂わせるキスを途中でやめられる理性に感心する。こっちは熱くなった唇が夜風に当たって余計寂しくなってるのに。
まだ物足りない唇に触れて、その指を喉へと滑らす。指先に触れたのは、朝生くんにもらった首輪。
そうだった。一番聞きたかったことをまだ聞けていない。
「ねぇ、そんな風にちゃんと俺のこと好きって思ってくれてるなら、番にしてくれないのは、なんで?」
「……それは後で話す」
今まで全部答えてくれていた朝生くんが、そこだけ歯切れ悪く濁すから急に不安になった。
「それって、俺が泣く話? これで別れ話はやだよ?」
これだけ気持ちが盛り上がってめでたしめでたしの雰囲気を出しておいて、最後にオチとして別れのことを考えられていたらどうしよう。
今日は色んなことに感情が振り回されすぎて、どこに着地していいかわからない。
そんな不安を口にすると、とても怪訝な顔をされた。
「なんでだよ。とりあえず家に帰るぞ。疲れてんだろ、色々と。……あと、なんとなく予感がする」
「予感? なに? なんの?」
「ヤバい予感。いいから帰んぞ。こんなとこで悩んでたってなんにも解決しねーだろ」
「あ、そうだった。俺、朝生くんに相談したいことがいっぱいあって」
「わかったからとりあえず家で聞く。ほら立て」
なぜここに来たのかを思い出し、まだ喋りたいことがたくさんあるという俺を急かし、朝生くんが立ち上がる。同じように立とうとして、少し悩んでから両手を差し出した。
「腰抜けたから手貸して」
「お姫様抱っこはできねぇからな」
「……凌太くんはしてくれたのに」
「マジで俺他になにした?」
朝生くんがしてくれなかったこと、と答える俺の手を引っ張り上げて立たせると、朝生くんはタクシーを拾うために早足で大通りに向かった。握った手がそのままだったのは、忘れていたのかわざとなのか。
その手は家に辿り着くまで離されることはなかった。
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