49 / 52

come 2

「……え、それだけ?」 「十分大事だろ。跡が残ることで仕事に影響したらヤだし」  まさかたったそれだけの理由なのかと目を丸める俺に、朝生くんは不満顔を返してくる。 「こんなに綺麗な肌してんのに、俺の噛み跡なんてもん残したらもったいないだろ。モデルは体が資本なのに、大事な体傷つけたくないんだよ」  どうやら、本当にそれだけの理由らしい。だけど、朝生くんにはとんでもなく大事な理由なんだろう。想像しているのか、本当に憂鬱そうな顔をしている。  首筋の噛み跡が見えたら、モデルという仕事に悪影響なんじゃないかって。  本当に本当に、たったそれだけのことなのか。  じゃあ俺、愛されているがゆえに愛情の印をもらえなかったの? そんなことってあるのか。 「俺は、その跡が欲しい。朝生くんに噛まれたい。番だって印を刻まれたい」  ただの噛み跡じゃない。だからこそ朝生くんは嫌なのだろうけど、俺は欲しい。  今まで愛情がゆえに気持ちを隠されていたのなら、それがバレた今、俺も気持ちを全部話したい。  今まではずっとなにか俺の聞きたくない理由があって番にならないのだと思っていたから言えなかった。でも言ってやる。俺は番にしてほしい。 「それに俺オメガのモデルだもん。番がいた方が仕事増えるよ。服の自由度も上がるし、仕事の仕方も変わるし」  朝生くんが仕事の心配をしてくれるなら、それだって考え方が逆だと言いたい。  首輪がなくなったってアルファのモデルと並べるわけじゃないけど、オメガはオメガなりに仕事のし方がある。それには番がいた方がメリットが大きい。番にしてほしいからの詭弁じゃない、本当のことだ。  それでも朝生くんは俺の首筋を指先でなぞってため息をつく。 「せっかくこんな綺麗なのに」 「跡があったら綺麗じゃなくなる?」 「んなわけないだろ」  噛み跡のついた俺は価値が下がるのだろうか。そんな問いを、即座に否定してくれる朝生くん。  もしかして、俺が思っているよりも朝生くんは俺のことが好きなのかもしれない。その可能性に気付いた。  だって普通のアルファならそんなこと悩まない。むしろ本能で噛んでしまうだろう。本来なら中学の時点で噛んでいたっておかしくない。  それなのに朝生くんは、俺の仕事に影響が出てしまうかもとずっと堪えていてくれたんだ。  ヒートの時にたくさん抱いてくれるのは、きっと俺のフェロモンを発散させて軽い薬で済むようにするため。 「他に方法があればすぐするのに」  だってただ番にしたくないだけなら、こんな風に弱った声音は出さない。  噛むべきうなじに、ちゅう、と唇が吸い付く音がして、一気に体が芯まで熱くなった。  この人に抱かれたい。抱き潰されたいという欲が下腹部から湧き上がってくる。 「朝生くんが噛んでくれたら、ずっとここに朝生くんのこと感じられるんだよ? 俺、それがいい。絶対そうしたい」  俺のことを大切にしてくれているのはわかった。だけど大事に扱われて距離を取られるのはもう嫌だ。俺は痛くても無様でも朝生くんの番になりたい。 「……本当にいいのか? 痛いかもしれないのに」 「絶対噛んでほしい。番になりたい。生涯、朝生くんにしか抱かれたくない。……朝生くんだけに、気持ち良くしてほしい」 「なら、一生大切にする」  生涯とか一生とか、大人になっても真剣に語るものではないのかもしれない。  だけど朝生くんが言えばそれは俺にとって本当に一生の価値があって、乙女みたいなときめきを与えてくれる。まるで魔法だ。  しかし可愛らしい童話ではない証拠にめでたしのめでたしの向こう側があった。引き寄せられ誘うキスをされ、それだけじゃ足りないくらい食いつかれて、一気に体が蕩ける。  今までと違ってちゃんと朝生くんとして認識した状態だからか、気持ち良さで体の芯から溶かされているみたい。  何度もキスをして、それから耳の後ろにキスをして、段々と唇が下がってきて期待で熱い息が漏れる。 「あ、でも、ヒートの時じゃないと」 「気づいてねぇの?」  ここでやめてほしくはないけれど、意味なく噛んでもらうのも違うかと閉じていた目を開ける。すると朝生くんは見せつけるようにして大きく息を吸った。そしてそれを、はあ、と吐き出した時には朝生くんの瞳が炎みたいに揺らめいていた。 「この理性吹っ飛びそうな香り」 「え、あれ」 「ヒート来てる。ていうかすげぇ発情してるだろ、匂いが濃い」  首筋に顔を埋めて再度くんっと嗅ぐように鼻を鳴らされ、恥ずかしくて体が熱くなる。まるで俺だけが盛ってるみたいな言い方に照れたけど、事実なのが余計恥ずかしい。  だって今、朝生くんに抱かれたくてしょうがない。 「発情してるって言うなら、朝生くんのせいかも」 「はっ。なら責任取る。全部。丸ごと」  責任転嫁もご機嫌で軽くいなされ、瞳にちゃんと欲の炎を灯した朝生くんに宣言されて心臓が壊れそうなほど高鳴る。 「大丈夫。ちゃんと気持ち良くする」 「朝生くんなら、痛くされてもいいよ」 「やだ。俺がどれだけお前のこと大切にしてるかわからせてやる」  なんとも物騒な愛の言葉をいただいて、そのまましたい気持ちを無理やりに抑え込んで、競い合うようにしてベッドに移った。さすがに盛り上がっている途中にソファーから転げ落ちたくない。

ともだちにシェアしよう!