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君と歩き出す 1
そもそもの話、あの日は本当に同棲記念日を祝うつもりでいてくれたらしい。
俺が差し入れでもらって美味しかったというケーキの話を覚えていて、わざわざ買いに行ってくれたんだそうだ。凌太くんが見つけたレシートは、その日のものだったようだ。
そして帰ろうとした時、通りかかった小さな公園の木の上に黒猫を見つけた。
子猫だけど野良ではなく首輪を付けていたという。たぶんどこかの家から飛び出して迷子になっていたんだと思われる。そしてなにか恐いものに遭って逃げるために上って下りれなくなったのではないかと推察できた。
それでも最初は放っておこうとした朝生くんだったけど、弱々しい声で鳴く子猫に見つめられた上に、その首輪が白かったため、その姿になぜか俺が被ったらしい。黒い毛並みに白い首輪というだけで俺に見えるなんて、朝生くんも大概なのかもしれない。
ともかく朝生くんは仕方なくケーキの箱をベンチの上に置いて木に登り、猫を助けたものの暴れられ、バランスを崩して猫を抱えたまま落ちた、という顛末だったようだ。
黒猫は元気に逃げていったようだけど、残念ながら忘れ去られたケーキがどうなったのかはわからない。
だからそのケーキの供養と黒猫無事祝いを兼ねておかえりパーティーを開き、もう一度ケーキを買い直して二人で食べた。
入れてもらったココアはいつもの味で、凌太くんが入れてくれたものとなにが違うんだろうと聞いたら、「愛情じゃね?」と塩を入れるそぶりをされた。
少しのしょっぱさで甘さが引き出されるなんて、まるで朝生くんのようだと笑ったら、愛情だろとキスされた。
好きなケーキと好きなココアと大好きな人と。
今まで抑えていた分を補って余りあるほど与えられる甘い愛情は、甘いものならいくら食べても太らない俺となんて相性がいいのだろうか。
そしてそれから数ヶ月後。
「で、結局本当にアレと一緒に住むわけ?」
「うん。借りてもらったアパートでルームシェア」
片耳にイヤホンをしながらスーツケースを床に広げているのは、朝生くんの座るソファーの裏側。ここなら寝室とも行き来できるし邪魔にならないからと、遠慮なく詰めるものを広げて厳選している俺に、朝生くんがソファー越しに声を投げてくる。とても面白くなさそうな顔をしているのは、見ずとも声音だけでわかる。
「大丈夫かよ。少しの間とはいえ、プロポーズしてきた男と住むとか」
「大丈夫だよ。俺は朝生くん一筋だし、ミャーもそれは知ってるし」
俺はミャーを友達だと思っているし、それはちゃんと伝えてある。だからどちらかというとミャーの方が大丈夫なのかとは思うけど、なんにせよ住む場所はこちらじゃ選べない。
「それに俺にはこれがあるもんね」
うなじの噛み跡を見せびらかして誇る。ずっと欲しかった番の印。首輪をしていないから首元が開いている服を着ればいつだってよく見える。
朝生くんの付けてくれた跡が嬉しくて、ここのところずっとみんなに見せびらかしているんだ。いい加減怒られるかもしれない。
「いや、これだけじゃ抑止力になんねぇだろ。せめて隣の部屋とかにできないのか?」
手を伸ばし、噛み跡を指でなぞる朝生くん。
最初はずいぶんと嫌がっていたけれど、俺がずっと見せびらかしているから慣れてくれたようだ。なんなら最近よく触る。
その度に番だと確かめられているようで、口元が勝手に笑ってしまう。
後々の話、噛まなかった理由の一つに、俺を独占してしまうから、だと言われた。
番はアルファから解除することはできても、オメガの方からはできず歯型は一生刻まれる。それを、本当に俺に対してしていいのかと悩んでいてくれたらしい。
その上で、俺の見た目も気に入ってくれているからこそ、跡をつけたくないから番になりたいけどなれない、の判断だったそうだ。
俺よりもよほど真面目で真剣に番のことを考えていてくれたんだ。
そんな人に施された番の証がここにあるかと思うと、いつだってにやけずにはいられない。
「んー、いくら番がいるって印があっても、やっぱりオメガって気をつけないと危ないらしくてさ。傍にわかりやすくアルファがいてくれた方が安全なんだって。それも含めてのルームシェア」
一応そういう理由を説明されたけれど、単純に家賃の問題だろう。二部屋より一部屋。出してもらう側だからあまり文句は言えない。
それにいくら俺がオメガらしくない見た目だとしても、番持ちのオメガだということはうなじを見ればわかるだろう。それで悪いことを考える輩がいないとは限らない。実際、ミャーといる時といない時ではちょっかいのかけられ方が違う。
「正直アレと一緒に寝起きするとか俺はヤだけど、安全のためと言われると任せるしかないのが歯がゆい」
どうも朝生くんはミャーを警戒し続けているらしく、苦渋の色を浮かべている。だから安心させるように伸ばされた手をぽんぽん叩いた。
「大丈夫だって。ミャーも『チャンスだと思って焦って言ってしまった、ごめん、改めて友達として暮らそう』って言ってたし」
「それで大丈夫かって言われると限りなく怪しいんだけど……まあ今までも手は出してこなかったしな」
「『俺がナイトになるよ』とまで言ってくれたから」
「マジで諦めてねぇんだなあいつ」
はああ、と大きく息を吐き出す朝生くんに、俺は肩をすくめて笑った。
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