12 / 63

高まる熱①

後夜祭が行われている。 来校者が去ったあと、学内の生徒だけで行うそれは、その日ばかりの無礼講と男子校という気楽さもあって、大いに盛り上がる。 制服だの部ジャーだのクラTだのコスプレだのが入り混じり、人目もはばからずに大いに歌って騒ぐのだ。一年中で最も熱気のある夜だ。 雪弥はその馬鹿騒ぎを聞きながら、寮に向かっていた。 必死に走った甲斐あって、天陽は雪弥を見失ったようだった。 とぼとぼと影を選んで歩く。惨めな自分の姿を晒したくはない。 熱で気弱になっているせいか、涙がとめどなくあふれていた。 (俺、おかしい。熱でおかしくなってる。だから天陽にあんなことを) あえて見つめなかった自分の想い。気付かないふりを通してきた。 天陽の持つ明るさ、温かさに、ずっと雪弥は救われてきた。家に居場所がなく、屈託を抱えた雪弥は、天陽にいつも支えられていた。 思えば、この六年間は、噛みしめるような日々だった。その思い出をきれいなままで卒業したかった。 (なのに、ぶち壊してしまった、俺が自分の手で) うまくごまかすこともできなかった。抱き着いてキスくらい、冗談で済ませられたのに。 (何が『別にいいよ?』だ。軽く受け入れやがって。俺をそんじょそこらの相手と同じ扱いをしやがって。むしろ、驚いて、俺を押し返すべきだったんだ。俺に襲われても良かったていうのかよ、クソが。俺たち、そんな関係じゃねえだろ) 雪弥は項垂れる。 (寮に帰ったらもう寝よう。明日からはまた何とかなる。あと半年だけ、この想いに蓋をして何とかしのげばいいんだから) 俯き加減に寮に向かっていると、向こうから、数名の生徒の一団がやってくるのが見えた。雪弥は影の深いところに移動する。 (誰にも顔を見られたくない) 一団は雪弥に目もくれることなく通り過ぎたが、背後で引き返してくる気配があった。 「なあ、なんか匂わねえ?」 「おっぱじめたくなるな、この匂い」 「Ωか?」 「俺たちとやりたくって居残ってんのか」 「ぎゃはは!」 品のない笑い声が上がる。そのときになって、雪弥は秀人の言っていたことを思い出した。 (秀人の奴、発情だとか何とか言っていたな。俺からΩの匂いがするとか、ふざけんなよ) 背後に一団が迫ってくるのを感じながらも、逃げようなどとはそのときの雪弥は思いつくこともなかった。 ただ影を選んで重い足取りで寮に向かう。 駆けてくる音が真後ろに迫って、雪弥は不審を感じる。 何事かと振り向いたときには抱き着かれていた。 (なんだ?) 「きみ、Ωちゃん?」 「ねえ、何してんの?」 「うわ、たまんねえな。Ωってマジでこんな匂いすんのな」 一団に取り囲まれ、もみくちゃにされる。 「やめろ、触るな」 雪弥は威圧を放った。しかし、熱のせいかうまく出せない。 いくつもの手が遠慮なしに雪弥の体を触ってくる。シャツは引っ張り上げられ胸を直接触られて、局部までスラックス越しに触られる。 「へえ、きみ、男性Ωなんだァ。かーわい」 「こっちきなよ」 「放せ、俺はΩじゃない」 そう言うとドッと笑い声が起きる。 「抵抗しちゃってるけど、発情起きてんじゃん。そんな状態で、ここに紛れ込んでるってことは俺たちとやりたいってことでしょ?」 「オーケーよーん、俺たちが発情を静めてあげる」 (何を訳のわからないことを) 雪弥は一人の腹を蹴り上げた。隙をついて逃げ出す。 途端に獰猛になった声が追いかけてくる。 「何しやがんだ、てめえ」 「逃げるとひどいことをするよ?」 「ヒャッハー、Ω狩りだぜ」 (こいつら、何血迷ってんだ? 酒でも飲んでるのか) 雪弥は外灯を避けて走った。しかし、執拗に追いかけてくる。 (何だ? 何で俺が追いかけられてるんだ……?) 雪弥の俊足に適う者などいなかったが、相手は道具を持っていた。 何かが足に飛んできた。長い棒に足をすくわれて前のめりに転ぶ。追いついてこられて背中を抑え込まれる。 「へへ、捕まえたぜ。粘着テープあったな」 雪弥は後ろ手に拘束された。頭にもぐるりとテープを巻かれて口が塞がれる。 「んーっ」 暴れる雪弥を生徒が担ぎ上げてどこかへ移動する。 そのときになって雪弥にはじめて恐怖心が沸いた。 そんなものこれまで感じたことがなかったというのに。 どこに連れていかれるのか、何をされるのかわからない恐怖。悪意を向けられる恐怖。暴力にさらされる恐怖。 そのとき、『Victim』の赤い文字が頭に浮かんだ。 (俺は獲物な、のか……?)

ともだちにシェアしよう!