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高まる熱⑤
向かった先は校舎の真裏の駐車場だった。
天陽は、学用車のうちの一台の車体の下を覗き込んだ。
小さな箱状のものを見つけると、中から鍵を取り出した。ロック解除する。
すぐそこに生徒らの集団が迫っている。
「早く乗れ」
雪弥が乗り込むと、天陽も乗ってドアを閉めてロックをかけた。
生徒らは二人に気付くこともなく校庭を遠ざかっていく。
(良かった、気付かれていない)
天陽にしがみ付くようにしていた雪弥がホッと息を漏らした。
緊張がほどけて、雪弥がぽつりとこぼす。
「自動車のセキュリティ、ぶっこわれてんな」
「これは、俺が鍵盗み出して勝手にやってるだけだよ。秘密基地あちこちに持っとくと何かと便利でしょ」
気が緩んだのか、雪弥から笑い声が漏れた。
「あはは、お前そういう奴な」
中学のときに天陽の自宅に遊びに行ったときには、鍵のついた父親の書斎まで自由に出入りしていたのを思い出した。
天陽は何かをこらえているような顔を雪弥に向けていた。いつもの伸びやかさが消えて、余裕のない顔つきをしている。視線が絡まって外せない。
「雪弥……」
天陽が目を細めて囁きかけてきた。
(ううっ……)
雪弥の治まらない熱がブワッと燃え立つ。
(俺、天陽を抱きしめてしまいそうだ。天陽が欲しい。欲しくてたまらない)
「あ……。俺……」
(俺はまたみっともないことしでかす)
資料室で強引に奪った唇。
雪弥は顔を背けて、ドアに手をかけた。
(このままだと、天陽に手を出してしまう)
ドアに手をかけた雪弥の手首を天陽が握り込んだ。そのまま雪弥の背中を抱きしめてくる。
「行くな……。行くな、雪弥……」
雪弥の肩に背後から顔をうずめて天陽が言う。
その手つきはどこまでも優しい。押し返そうとすれば押し返せる程度の力。しかし、天陽に触れられたところがピリピリと痺れて身動きができなくなっていた。
天陽の肌はひんやりしている。その冷たさが心地いい。
(天陽、何とかしてほしい、この熱。この熱を冷ましてほしい)
雪弥は振り向いて、すがるような目を天陽に向けた。天陽もじっとその目を見返す。
「もう天陽を頼るわけにはいかない」
天陽は雪弥を自分の方に向かせると、後部座席に雪弥を押し倒した。上から覆いかぶさって、暗い目でじっと見下ろしてくる。
いつもの明朗な天陽は消えていた。その暗い目に捉えられて、奈落の底に落ちるような浮遊感に襲われる。
「俺では頼りにならないか」
天陽のかすれた声。その声にズクン、と痺れが走る。その痺れに動揺する。
天陽は雪弥の動揺を見て取ると、雪弥の耳に唇を寄せた。
「雪弥、俺、頼りにならない……?」
「ち、がう。怖い、怖いんだ」
自分が自分でなくなりそうで怖い。いや、もうおかしくなってる。親友に欲情するなんて。もうこれ以上、無様をさらしたくはない。
「雪弥、俺に任せて」
天陽の声が脳を直接揺すぶってくる。
背中に甘い痺れが走る。
雪弥の体温が急激に高まっていく。
天陽はそんな雪弥の体温の上昇を見抜いて体を寄せてくる。シャツ越しに胴体を重ね合わせてくる。
(駄目だ、俺のが高ぶってしまう)
「ぁ、ぁ……ぁつい……。俺、変だ」
雪弥は、天陽の頬に手を伸ばした。しかし、天陽には触れない。触れてしまえば後戻りできなくなる。
「大丈夫だ、雪弥。俺がいるよ」
雪弥の伸ばされた手を迷いなく天陽は掴んだ。そして、その手に唇を寄せる。
雪弥の指の一本一本の形を確かめるように口づけを落としていく。
「あ……、いや、だ。だ、め、だ……。やめろ……」
天陽は目を細めて雪弥を見た。それはそれは優しい目つきで雪弥を眺める。
「大丈夫だよ、俺に任せて」
「お、れ、でも、こわい」
「俺が怖い?」
「おまえはこわくない」
(でも、暴かれるのが怖い。俺のお前への欲望を)
親友としての立場への固執と、天陽への欲望とで感情が乱れる。呼吸までもが乱れてきた。
その乱れをなだめようとするかのように天陽が力を込めて雪弥の背を抱いた。
「大丈夫だ、俺は雪弥を怖がらせるようなことは絶対にしない。雪弥、大丈夫だから。俺の言うことをよく聞いて」
「うん……。何……?」
天陽は少しためらったように口を閉ざした。視線で告げる。雪弥の高ぶりを。
「ぁ……」
雪弥は高ぶりを暴かれて背中をよじらせた。雪弥の下腹部は盛り上がっていた。
(やめてくれ。これ以上、俺を辱めないでくれ)
雪弥は内心でそう叫ぶも、下腹部の高ぶりを天陽に撫でられて、「く……」と、背中をしならせた。
天陽がその姿を執拗に目で追いかける。
「つらいだろ。俺なら楽にしてやれる。ここに抑制剤はない。Ωの発情を抑えるには、αの体液を体に受けるしかない。そして、発情が止まない限り、αをおびき寄せてしまう」
「お、れは、Ωじゃない」
「わかってる。でも、こんなことになってる。だから頼む」
そこで、天陽は言葉を切った。そして真剣な顔で雪弥を見つめる。
「な、なにを」
天陽は真剣な目で告げてくる。
「俺なら雪弥を鎮められる。頼む。じゃないとこのままじゃここから動けない。何もしないとずっと発情したままだ」
天陽が何をしようとしているのか、雪弥はわかってしまった。
(これから、天陽は俺と?)
「でも」
「俺にお前を助けさせてくれ」
天陽が腹をこすりつけてくる。雪弥の熱が一段と高まる。
「あぁっ……」
(ほ、ほしい。このαがほ、ほしい)
雪弥の性自認はαだ。しかし、そのときの雪弥には抵抗はない、それどころか、天陽を受け止めたいと思っている。それも猛烈にその衝動が起きている。
(でも、だめ、だ。天陽だけは駄目だ。あとで惨めなことになるだけだ)
失いかけた理性を必死で引っ張り戻す。
(好きだと自覚した相手と、やれるかよ)
体だけで結ばれるほど惨めなことはない。雪弥の鼻の奥にツンと痛みが走る。
「ど、うじょうなら、いらない」
「同情じゃない。雪弥が大事なだけだ」
「お、まえには、婚約者がいるだろ」
「今は雪弥のことが先決だ」
(今は……。今、だけは……)
再び雪弥の鼻の奥に痛みが走る。
ぐい、と天陽が腰を押し付けてきた。
天陽が自分の高ぶりを告げてきた。自分の熱い塊を雪弥の下腹部に押し付けてくる。
天陽のものも高まっていた。
天陽の顔には覚悟があった。これから親友を犯す覚悟が―――。
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