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戻らない日常②
寮に戻り雪弥は机に向かっていた。大学の入学審査のための準備をしている。雪弥はアメリカの共通試験で高スコアを獲得している。名門大学への進学は約束されたも同然だった。あとは、大学の要求するエッセーを作成するのみだ。
(………あつい。……あつ……)
そのキーボードを打つ手が止まる。
(……また、なのか……)
肘をついて手のひらで顔を覆い肩で息をしていると、同じく机に向かっていた天陽が声をかけてきた。
「雪弥?」
様子がおかしいことに気付いた天陽が、雪弥に近づいてきた。首に手を当ててくる。
「やめろっ」
雪弥は手を跳ねのけた。
天陽に触れられるともっと高ぶる。それがわかっている。現に天陽が背後にきただけでブワッと体から何かが漏れ出るのを感じていた。
(ほしい、天陽が欲しい)
一度知った温もり。思い出すだけでおかしくなるほどに欲望を掻き立てられる。
(天陽、あっちへいけ。お前がいるとすがり付きたくなる。もう嫌だ、そんなことをしたくない)
だが、天陽は雪弥の背後に立ったままだった。
(駄目だ駄目だ駄目だ、もう駄目だ)
「雪弥」
背後の天陽が背中を抱きしめてきた。雪弥の頬に天陽の頬が摺り寄せられる。
天陽の匂い、αの匂いに体が甘く打ち震える。体中に欲望が沸き立つ。
(あっちへ行け、俺から離れろ)
「雪弥、俺を頼れ」
「……何度も頼れるかバカ」
「俺もあてられてる」
天陽から漂ってくるαの匂いが強まった。
(クソッ、何なんだ)
雪弥が後ろを向くと天陽が抱きすくめてきた。飢えたように唇にかぶりつく。
「んっ………」
雪弥は無我夢中で天陽を求めていた。
***
文化祭の振り替え休日の間じゅう、雪弥と天陽は一メートルと離れなかった。ほとんどの時間を体をつなぎ合って過ごす。
Ωの発情中、発情の波は上下を繰り返す。体液接種で発情はいったん収まるが、時間が立てば再び発情の波が高くなる。
波が高まるたびに、雪弥は、天陽に責め立てられていた。
「んっ……んん……。て、天陽……、もう、もうほしい……。おねが、い、おかしくなる、おかしくなるからぁっ……」
狂ったように天陽を求めて、天陽に酩酊し、我に返れば惨めになる。その繰り返しだった。
雪弥は天陽の何気ない仕草に目を奪われる。汗を肩でぬぐう、手先でペットボトルをもてあそぶ、そんな日常の仕草に、雪弥の腹がうずいて情愛が練り上げられていく。
(俺のα)
理性が戻ればきつく戒める。
(天陽は俺のαじゃない。ただの友人だ。親友のよしみで助けてくれているだけだ)
胸に刻み直す。
休日が終わる夜、雪弥の熱は下がり切った。
気遣ってくる天陽の手をやっとのことで跳ねのけることができた。
(俺はαだ。身も心もαだ)
Ωになるという身の毛もよだつような現実。それから目を逸らすように心の中で念じ続けた。
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