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戻らない日常④

「あ、藤堂さんだ」 「天王寺さんもご一緒だ」 生徒らの視線が向かってくる。その目には憧憬がこもっている。いつもなら気にならない視線にひどく緊張する。 (俺、おかしなところないよな。いつもどおりだよな) 姿勢を正して教室に向かう。 教室に入ると、クラスメートが雪弥を見るなり声をかけてきた。小走りにやってきて雪弥の前の席に座り込む。 「藤堂、お前、何とかしろよ」 (こいつ、βだったっけ) 内心ビクつきながらも、いつもの無表情で返す。 「何の話だ?」 「モジャ山さんの絵だよ」 雪弥は顔を上げる。クラスメートは肩を竦めて、文句ありげに唇を突き出している。 (あの絵のことを何か知ってるのか?) 「文化祭の奴か? あの絵がどうかしたのか?」 「お前、あのモデル、よく引き受けたな。あれを見たうちの親が大絶賛。パンフレット10部くらい買ってきたのよ。で、それを見た姉ちゃんが、生でお前を見せろってうるせえのよ、何とかしてくれや」 雪弥は胸を撫でおろし、「知るかそんなの」と、鞄から荷物を出し始めた。 「あのなあ、フッ軽のオタクくらい恐ろしい生き物はないんだぞ。そんな生き物を姉に持つ俺の苦労がお前にわかるか」 「知らねえっつの」 まもなくして、生成写真を知るαのクラスメートがニヤニヤと声をかけてきた。 「例の写真、もしかして、宣伝だったの? 手の込んだ真似しやがって」 そのクラスメートは雪弥の生成写真がドアに貼られていたことを、そう解釈したようだった。 彼からは『情欲』フェロモンがチラチラと出ている。雪弥に向けたものだ。 生成写真で引き出された欲情がまだ消えないらしい。 質の良いαである彼からは抑え込んだ角の丸いフェロモンしか出ていないが、それでも、雪弥を戸惑わせるには十分だった。 「知らねえよ。俺がやったんじゃない」 雪弥はそう言いながら、天陽を探した。天陽は自分の席に座って近くのクラスメートと談笑している。 天陽は雪弥の視線に気付いて、目で頷いてきた。(大丈夫、俺がいる)と目で告げてくる。雪弥から、すっと不安が消える。 学校での一日が、呆気ないほどに平穏無事に過ぎていく。 *** 学校の光景の中では、Ωだったことがまるで夢のように現実味がなくなっていく。 (大丈夫だ、俺は、何も変わっていない。今まで通りの俺だ。俺はαだ) 昼休み、天陽はそう言ってきた。 「大山さんの引っ越し先は事務局でもわかんないってさ。イタリアのご両親の住所ならわかるみたいだけど、連絡してみる?」 雪弥の天陽への強い執着も薄らいでいる。 (俺のα、だなんて。何だったんだ、あの感覚は。今思えば気持ち悪いな。俺もαなのに) 「そうか。そこまでするのは気が引けるな。何かわかったらまた教えてもらえるか」 「うん、了解」 しかし、この伸びやかな天陽の顔を見ると心が休まっていくのだけは感じ取る。 そして、上手にしまい込めない想い。 (やっぱ好きだな、俺、天陽のことが) 真昼の太陽の下で抱く、親友への密やかな想い。 その想いをもう一度しまい直すことはと難しそうだ。 (勝手に好きなのくらいはいいだろ) 雪弥は『好き』を心の真ん中に抱き直した。

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