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戻らない日常⑤

その日の午後は、文化祭の結果発表だった。 体育館に移動する際にも、雪弥は注目を浴びる。そのときには、いつもの堂々と視線を受け止める雪弥に戻っていた。 「藤堂先輩だあ! カッコいい!」 「藤堂さん、今日も凛々しげだな」 後輩たちの騒ぐ声が今は心地よい。 (俺はトップαだ。この学園の覇者だ) いつもの勝気な雪弥が戻る。 文化祭実行委員長が退学したことがアナウンスされ、副委員長からの発表となる。 「モジャめろ、退学したの?」 「モジャごろたん、いなくなっちゃったの?」 体育館はざわめいた。大山は珍種として生徒から愛でられている。 副委員長の落ち着いた態度からして、文実内では引継ぎが終わっていたようだ。というよりも実務ではてんで駄目そうな大山のことだから、毎年、周囲が実務面を支えてきたのだろう。 秀人が雪弥を見つけると近寄ってきた。 「藤堂先輩」 秀人は確かめるように雪弥を見つめてくると、どこか探るような顔を向けてきた。 「何だ?」 「あ、いや、文化祭では具合が悪そうでしたから」 雪弥は内心でドキリとする。 生徒会資料室でのことを思い出した。半覚醒のなか、何か気がかりなことを秀人が言っていなかったか。 (そういえば、こいつ、俺が発情しかかっているとか何とか言ってたな。俺のみっともないところをこいつにも見られた) 雪弥は作り笑いを浮かべた。きれいな毅然とした笑みだ。雪弥は雪弥で素知らぬふりを通すしかない。 「心配かけたな。この通りもう平気だ」 「そのようですね。安心しました」 秀人もその一件を掘り起こす気はないらしく、話題を変えてきた。雪弥の隣の天陽に目線を向ける。 「ところで、融資金ですけど」 「天陽に返してやってくれ」 融資金、とは言わずもがな、パンフレット代のことである。 天陽が訊いてきた。 「あのパンフレット、回収しなくても良かったの?」 「何でだ?」 「雪弥がいいならいいけど」 天陽はパンフレットに雪弥の絵画が載ったままになっていることを気にしているのだ。 「俺はいい」 どうせパンフレットはどこかに紛れて埋もれていくだろう。それに雪弥は、肖像権を問うほど、自分に価値があるとも思っていない。 それよりも大山が何を企んでいるのかがわからず、それを確認できないままでいることの方が気がかりだった。 (しかし、それももう過ぎたこと。いつまでも引きずるな。俺はαだ) 秀人が天陽に言う。 「文実が午前中に振り込んできました。さっきそれを天王寺先輩の口座に振り込みました。確認願えますか」 天陽はスマホを覗きながら声を上げた。 「え、百十万!?」 「利子だそうです」 「よっしゃ、ってことでいいのかな」 「文実にも生徒会にも分け前もらってますから」 「おぬしもワルだのう。じゃ遠慮なく」 パンフレットは思いのほかの利益をはじき出したようだった。 *** それから一週間、何事もなく過ぎた。雪弥はすっかりせわしない日常を取り戻していた。 Ωであったことはまるで悪い夢のようだった。

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