26 / 63
戻らない日常⑧
翌日、文実の副委員長を訪ねた。
文実と美術部のメンバーは重なっている。ほとんどが大山の信者だ。
副委員長も美術部で、大山とも長らく活動を共にしている。大山について何か事情を知っているに違いなかった。
副委員長は「藤堂さんの頼みなら何でもお伺いします」と快く応じてくれた。
「大山さんと連絡が取りたい。取れないなら、何でもいい、大山さんについて教えてくれ」
雪弥の言葉に、副委員長は顔を抱え込んだ。
「はぁぁ、うちのバカ、今度は、何をやらかしたんです? 藤堂さんにまでご迷惑をおかけするなんて、本当に申し訳ありません」
副委員長は大きなため息をついてみせた。
大山のことで副委員長に問い合わせがくるのは毎度のことらしい。しかし、「うちの」との枕詞が敬愛を示している。その敬愛は大山の退学した今でも続いているらしい。
副委員長が大山について説明を始めた。
「あのバカ、借金がたくさんあったようで」
「借金が?」
(ひょっとして、沈められたのか、東京湾に?)
雪弥の背中にひやりと冷たいものが走る。隣で天陽が心配そうな顔をしている。
「あのバカ、しょっちゅう酒臭くて」
「酒かあ」
(まあ成人済みだしな)
雪弥はそこは受け入れる。隣で天陽もうんうんと首を縦に振っている。
「あのバカ、行きつけのガールズバーがあるらしくて」
「女ねえ」
(まあ芸術家には女はつきものだしな)
雪弥はそこも受け入れる。同じく隣で天陽もうんうんと首を縦に振っている。
「あのバカ、その店の女の子と結婚するとか何とかで」
「それはめでたいな」
(ほう、モジャのくせにやりよる)
雪弥はさすがに驚いた。隣で天陽がパッと顔を輝かせている。
「で、彼女の親が病気で金が要るらしくて」
「え?」
(え、騙されてんじゃん)
雪弥は目を見開いた。天陽も呆気に取られている。
「それで、借金したのが闇金で」
「…………」
(見事、転がり落ちよった)
雪弥は大山の顛末にため息をついた。隣で天陽が気の毒そうな目つきをしている。
「で、今、インドにいます」
「!?」
副委員長はスマホを見せてきた。
有名な遺跡の前で大山がニコニコしてポーズを取っている。
(ねえわ!)
雪弥は思わずスマホをひったくって、壁に叩きつけたかった。が、もちろんしない。
「あのバカ、たまに送ってくるんです。やり取りはできませんが」
――西安のラーメン、旨かったぞ
――ハノイで、ごっつい美人に笑いかけられたぞ
大山は副委員長に俺通信を送り付けているだけだった。ご丁寧に写真付きだ。ニコニコする大山&ラーメン。ニコニコする大山&高齢婦人。そんな自撮り写真ばっかりだ。
副委員長からのメッセージには一切返答はない。
「あのバカ、絵が売れて大金が入ったそうで。借金返してもお釣りが出たようで」
「!?」
見せてきた画像は、札束の前で、腹を抱えて笑っている大山の自撮り写真だった。
(ねえわ!)
「それで念願だった放浪の旅に出て」
(ねえわ!)
雪弥は副委員長に頼んだ。
「悪いけど、大山さんのその連絡先、送ってもらってもいい?」
雪弥の知っている大山のアドレスとは変わっているようだ。
副委員長は快く雪弥に大山の連絡先をメッセージで送ってきた。
雪弥は大山に「至急連絡をください。藤堂」と送った。
そこから一週間後に既読がついたが、予期した通り返信はない。
(大山、いつも金がないない言ってたけど、もしかしてガールズバーにつぎ込んでたのか?)
雪弥は大山のニコニコした顔を思い浮かべて、むかっ腹を立てた。
ともだちにシェアしよう!

