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戻らない日常⑧

翌日、文実の副委員長を訪ねた。 文実と美術部のメンバーは重なっている。ほとんどが大山の信者だ。 副委員長も美術部で、大山とも長らく活動を共にしている。大山について何か事情を知っているに違いなかった。 副委員長は「藤堂さんの頼みなら何でもお伺いします」と快く応じてくれた。 「大山さんと連絡が取りたい。取れないなら、何でもいい、大山さんについて教えてくれ」 雪弥の言葉に、副委員長は顔を抱え込んだ。 「はぁぁ、うちのバカ、今度は、何をやらかしたんです? 藤堂さんにまでご迷惑をおかけするなんて、本当に申し訳ありません」 副委員長は大きなため息をついてみせた。 大山のことで副委員長に問い合わせがくるのは毎度のことらしい。しかし、「うちの」との枕詞が敬愛を示している。その敬愛は大山の退学した今でも続いているらしい。 副委員長が大山について説明を始めた。 「あのバカ、借金がたくさんあったようで」 「借金が?」 (ひょっとして、沈められたのか、東京湾に?) 雪弥の背中にひやりと冷たいものが走る。隣で天陽が心配そうな顔をしている。 「あのバカ、しょっちゅう酒臭くて」 「酒かあ」 (まあ成人済みだしな) 雪弥はそこは受け入れる。隣で天陽もうんうんと首を縦に振っている。 「あのバカ、行きつけのガールズバーがあるらしくて」 「女ねえ」 (まあ芸術家には女はつきものだしな) 雪弥はそこも受け入れる。同じく隣で天陽もうんうんと首を縦に振っている。 「あのバカ、その店の女の子と結婚するとか何とかで」 「それはめでたいな」 (ほう、モジャのくせにやりよる) 雪弥はさすがに驚いた。隣で天陽がパッと顔を輝かせている。 「で、彼女の親が病気で金が要るらしくて」 「え?」 (え、騙されてんじゃん) 雪弥は目を見開いた。天陽も呆気に取られている。 「それで、借金したのが闇金で」 「…………」 (見事、転がり落ちよった) 雪弥は大山の顛末にため息をついた。隣で天陽が気の毒そうな目つきをしている。 「で、今、インドにいます」 「!?」 副委員長はスマホを見せてきた。 有名な遺跡の前で大山がニコニコしてポーズを取っている。 (ねえわ!) 雪弥は思わずスマホをひったくって、壁に叩きつけたかった。が、もちろんしない。 「あのバカ、たまに送ってくるんです。やり取りはできませんが」 ――西安のラーメン、旨かったぞ ――ハノイで、ごっつい美人に笑いかけられたぞ 大山は副委員長に俺通信を送り付けているだけだった。ご丁寧に写真付きだ。ニコニコする大山&ラーメン。ニコニコする大山&高齢婦人。そんな自撮り写真ばっかりだ。 副委員長からのメッセージには一切返答はない。 「あのバカ、絵が売れて大金が入ったそうで。借金返してもお釣りが出たようで」 「!?」 見せてきた画像は、札束の前で、腹を抱えて笑っている大山の自撮り写真だった。 (ねえわ!) 「それで念願だった放浪の旅に出て」 (ねえわ!) 雪弥は副委員長に頼んだ。 「悪いけど、大山さんのその連絡先、送ってもらってもいい?」 雪弥の知っている大山のアドレスとは変わっているようだ。 副委員長は快く雪弥に大山の連絡先をメッセージで送ってきた。 雪弥は大山に「至急連絡をください。藤堂」と送った。 そこから一週間後に既読がついたが、予期した通り返信はない。 (大山、いつも金がないない言ってたけど、もしかしてガールズバーにつぎ込んでたのか?) 雪弥は大山のニコニコした顔を思い浮かべて、むかっ腹を立てた。

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