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ゼロα③
雪弥の中で、一つ一つの事柄が、ドミノのように倒れながらつながっていく。
大山の絵を、買ったのは。いや買っただけじゃない、それを描かせたのは。そして、『Victim』を『Grace』に描き直させたのは。
近づいてくる天陽をじっと見上げる。
(天陽が……………?)
頭の中で真実が組上がっていく。
――――数か月、或いは数年、一人のαがターゲットαのすぐそばにいて、微弱なアタックをかけ続ける。これがゼロアタックの正体なのではないか。
雪弥は6年間、天陽とルームメートだ。長時間を一緒に過ごし続けてきた。
天陽はベッドの端にうずくまる雪弥をまっすぐに目で捉えてゆったりと近づいてくる。獲物に狙いを定めて旋回する鷹のように。
(天陽が……………?)
秀人はそれを見抜いていた。
見抜いていたから、天陽のいない隙をついて、雪弥を訪れ、そしてファイルを渡してきた。
(そうなの、か? 天陽が俺を?)
雪弥はヒューとなる音の隙間に声を絞り出した。
「天陽……。お、まえが、お前が……?」
天陽は伸びやかな顔をして笑んでくる。いつも雪弥に安心を与える笑み。
「ん? 何?」
天陽は優しく笑んでいる。
「お、お前がお、れを……?」
「ん?」
「お、お、おまえが? おまえが?」
天陽がゆっくりと首をかしげる。肩を鳴らすほどにかしげて、雪弥を見定めて近づいてくる。
雪弥は喘鳴の間に何とか喉から声を絞る。
「お前が、お、れをオメ、ガに?」
「ん?」
「おまえが、おれを、か、えたのか?」
「なに?」
天陽は笑んだままだ。その笑みが恐ろしい。その笑みの後ろに隠れているものが恐ろしい。雪弥は恐怖に引きつり声がうまく出ない。
「あ………、あ………」
(て、天陽が? 天陽が?)
「雪弥、大丈夫?」
(あ、あ、天陽が)
「お、おまえが、おれを、おめがに……、変えた、のか?」
天陽は目を細めて雪弥を見ている。
(ちがう、違うと言え。何のことだと笑え)
雪弥は息を詰めて天陽を見つめる。天陽は笑んだままだ。
そして、頭に組み立てられた真実は、もう崩せないほど明確な形を取っている。天陽が否定してもしきれないほどに。
わずかに天陽の目の奥が揺れて、色味が変わる。
「お、まえの仕業なの、か?」
天陽と雪弥は長いこと見つめ合い対峙していた。一秒一秒と過ぎるにつれて疑念は確信へと姿を変える。
(ああ、天陽が、天陽が……)
次の瞬間、天陽は表情をグラリと変えた。
雪弥には正視できない顔になった。
圧倒的な支配者。
優しく微笑みながら迫害を命令する支配者。
「ふう、バレちゃったか」
その目の色味は酷薄なものに入れ替わっていた。天陽は開き直った目をしていた。
(ああ、まさか、ああ、嘘だろ………?)
「雪弥ァ」
とどめを刺しに伸ばされた手。
天陽は雪弥をベッドの端に追い詰めていた。もうじき、もうじき獲物は手に入る。
「ど……、どうし……て?」
(嘘だろ? 違うと言え。知らないと言え)
天陽は不思議そうな顔をした。
「どうしてって?」
どうして、どうして天陽が。
ずっと自分に付き従い、常に守ってくれた天陽。
天陽がいなければ雪弥は今ここにいられなかった。無事ではいられなかった。
そんな天陽がどうして?
どうして?
ついに天陽は雪弥を捉えた。その手を雪弥の首にまとわりつかせる。今まさにくびり折ろうとして。
今や雪弥の命は天陽の手のなかに握られていた。天陽の声はいつものように優しく響く。それは優しく。
「どうしてって?」
怖い、天陽が怖い。どうしようもなく怖い。
「あ………、あ………」
「雪弥を地獄に引きずり下ろすためだよ?」
…………ャァァァァァッ。
雪弥は声にならない叫び声をあげて、ふらりと倒れた。
――――まるでΩ化は、ゼロαのターゲットに向ける、呪いである
雪弥は天陽の『Victim』だった。雪弥の守護者、天陽の。
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